【映画】キャタピラー2010/11/19

『キャタピラー』
『キャタピラー』(2010年・監督:若松孝二)

若松監督は本作の着想を江戸川乱歩の『芋虫』 から得たと語っているようだが、ワタシが真っ先に思い浮かんだのは山上たつひこ『光る風』 だ。もっとも、そもそも山上氏が乱歩作品からインスパイアーされたのやもしれぬが、とにかくこのマンガに登場した“芋虫”のビジュアル・インパクトは強烈だった(多くの人が同様な感慨をもったらしく、ネット上に同様の書き込みがあちこちに散見する)。たしか単行本化されたものを読んだと思うが、当時、中学生だったワタシは本当にその造形と動きにおののいた。

さて、本作ではさらに“動く芋虫”がワタシたちに迫るわけだが、物語の概略はこうだ。
第二次大戦末期、戦争で四肢を失い“芋虫”となって帰還した久蔵(大西信満)は、周囲から“軍神”として崇められる。その“軍神”様の面倒をみることがお国のため、と諭された妻(寺島しのぶ)は、食べることと寝ることしかできない夫に献身的に尽くすが…。

これはもう若松監督の思いが込められた強烈な反戦メッセージ映画だ。“軍神”に象徴される軍国主義の愚かさを、この夫婦、村人ら、そして日本軍の戦地での所業から、これでもかというほど描き出す。
なにしろ当時のフィルムから、臆することなく死骸の山を写しだし、戦犯の処刑シーンまでワタシたちの眼に晒すのだから…。それはもう凄まじいのひと言。
ベルリン映画祭で銀熊賞に輝いたのも、その若松監督の執念にも似たメッセージが世界に伝わったからに違いない。

しかしながら、ワタシにはどうも腑に落ちない場面・展開のいくつかが気になり、諸手を挙げて本作を賞賛する気になれないのだ。

まず冒頭から夫の旺盛な“性欲”が描かれ、そのシーンが何度となく繰り返し描かれる。しかし、世話という面でははるかに大変な“排泄”の処理が溲瓶だけでわりとあっさり描かれているのに比して、それを全面に押し出したのは性=生というメッセージを伝えたいがためだろうか?
それにしても重要な“排泄”を省いた意図がよくわからない。そこを描けば、より陰惨な“生”が浮かび上がっただろうに。

また、妻が“復讐”のために夫を外に連れ出すシーン。
妻がそう思い立った経緯(内面)が描かれず、なにか急に思いつきのように出ていくのが、どうもワタシには流れとしてしっくりこない。

そして、戦地での夫の“犯罪”が何度となく回想シーンとして登場するのだが、この場面がどうも安手のテレビドラマのようで、チープな印象。たしかに“未来”のない夫は“過去”に生きるしかなく、その回想によって次第に精神のバランスを失っていくわけだが、それにしても同じ場面ばかりというのはいかがなものか…。

結末も、日本の軍国主義の敗北とともに、それを体現する“軍神”がああした行動に向かうのもわかるのだが、今ひとつ説得力に欠けるような気がする。
なにより本作は、この夫婦の生活がまるで“密室劇”のように展開するのだ。ならば、その密室なかで次第に二人の関係に“狂気”が孕んでいくという様子がもう少し描かれれていれば、ワタシも納得するのだが…。

それにしても若松監督が本作を寺島しのぶで撮りたかった理由はよくわかる。長回しワンカットのなかで、怒り、悲しみ、恐れといった複雑な感情の流れを、これほど見事に“表情”に顕せる役者はそういないだろう…。
ベルリン映画祭最優秀女優賞もむべなるかなであるし、おそらく本人も苦しんだであろう“越え”を見事に果たしている。

さて、いろいろと疑問を差し挟んだが、やはり本作の“芋虫”と寺島しのぶの“関係”は強烈だったのだろう。中学生当時に戻ったかのように、その映像は脳裏に強く焼きつけられ、ワタシにとっても忘れられない一本になってしまったことは間違いない。

◆『キャタピラー』のお薦めレビュー一覧
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_ 佐藤秀の徒然幻視録 - 2010/11/19 18:25

公式サイト。江戸川乱歩「芋虫」などをモチーフにした。タイトルの「キャタピラー(caterpillar)」は建設用機材などに使われる無限軌道ではなく、芋虫、または毛虫のこと。若松孝二監督、寺島しのぶ、大西信満、吉澤健、粕谷佳五、増田恵美、河原さぶ、石川真希、飯島大介、寺...

_ 映画的・絵画的・音楽的 - 2010/11/19 19:22

 映画に出演した寺島しのぶが、ベルリン国際映画祭で最優秀女優賞を受賞したことで評判の高い『キャタピラー』を、テアトル新宿で見てきました。

(1)映画では、先の戦争の末期、考えられないようなむごい姿となって戦場から帰還した久蔵とその妻シゲ子との、戦時中の生活が中心的に描かれます。
 中国での戦場から帰還した久蔵は、周りから軍神と崇められるものの、シゲ子にとっては気持ち悪い生き物にすぎません。なにしろ、手足が切断され、口もきけなくなっていますから、お互いのスムースなコミュニケーションは絶望的です。といって、シゲ子は、軍神とされている夫を蔑ろにするわけにいかず、その世話に明け暮れる毎日となります。なにより、夫の強い性的要求に応じざるをえないのです。
 他方、久蔵はこうした姿になってまでも、当初は、シゲ子に対して強気の姿勢をとりながら生きようとします。その際の心の支えになっているのは、立派な勲章と、彼の功績を軍神と讃える新聞記事。彼の寝ている蒲団のスグ近くにしっかりと並べられています。

 ですが、次第にシゲ子は、むしろ自分の方が有利な立場に置かれていることに気がつきだします。どんなことをしても、久蔵のほうは、それこそ手も足も出ないのですから。それに、出征以前の久蔵は、子供のできないシゲ子に対して酷い暴力を振っていたようで、その復讐の意味もあって、久蔵に辛く当たったりします。

 そうこうするうちに、久蔵は、自分が中国の戦場で犯したことがトラウマになって、シゲ子と性的な関係を続けることが難しくなってしまいます(いわゆるPTSDでしょうが、一般には、強姦された女性の方がそうしたトラウマを抱え込むのではないでしょうか?ただ、『マイ・ブラザー』と同様、理不尽な殺人を行ってしまったことが、久蔵には耐え切れないのでしょう)。

 終戦になると、シゲ子は喜びますが、久蔵は、必死の力を振り絞って、家のソグそばにある水場にたどり着き、飛び込んで自殺してしまいます。シゲ子が喜ぶのは、ようやっと軍神から解放されるという思いからでしょうが、久蔵は逆に生きる意味を完全に失ってしまったのでしょう、戦争が継続しているからこその軍神ですから。

 映画は、昔の若松孝二監督の作品に比べると、前作『実録・連合赤軍』同様、随分と分かりやすく制作されていると思われます。戦争の悲惨さを前面に出すのではなく、極端

_ LOVE Cinemas 調布 - 2010/11/19 19:53

主演の寺島しのぶが今年のベルリン国際映画祭最優秀女優賞に輝いた作品。最前線での戦いではなく銃後の戦いを描いた反戦映画だ。監督は『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)』の若松孝二。共演に「実録・連合赤軍」の大西信満、篠原勝之、粕谷佳五、増田恵美らが出演している。「忘れるな、これが戦争だ!」という監督のメッセージがダイレクトに伝わる作品だ。

_ とらちゃんのゴロゴロ日記-Blog.ver - 2010/11/19 23:18

日中戦争に出征した夫は無事に帰るが、手足を失って胴体だけで戻る。顔半分は火傷でただれ、聴覚を失っていた。妻シゲ子(寺島しのぶ)は最初は拒絶するが、徐々に食欲と性欲だけの夫を受け入れていく。でも、戦争の傷は悲劇をもたらす。究極の反戦映画だ。

_ 映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子公式HP - 2010/11/20 00:33

平和な田園風景を背景に、一組の夫婦の生き様から戦争の愚かしさを炙り出す強烈な反戦映画だ。太平洋戦争末期、シゲ子の夫・久蔵は、盛大な見送りを受けて戦地へと赴くが、手足を失い顔面が焼けただれた姿で帰還する。無残な姿ながら“生ける軍神”として祭り上げ....

_ シネマな時間に考察を。 - 2010/11/20 09:39

戦争が失ったもの、理性。
戦争が生んだもの、狂気。
戦争が繕ったもの、欺瞞。
敗戦が告げたもの、解放。





『キャタピラー』
2010年/日本/84min
監督:若松孝ニ 主演:寺島しのぶ


お国のために、という洗脳。
頭の弱い赤いハッピの男は、ともすれば誰より