【本】ニュー・ジャズ・スタディーズ --ジャズ研究の新たな領域へ--2010/11/09

ニュージャズスタディーズ -ジャズ研究の新たな領域へ- (成蹊大学アジア太平洋研究センター叢書)ニュージャズスタディーズ -ジャズ研究の新たな領域へ- (成蹊大学アジア太平洋研究センター叢書)
宮脇 俊文 細川 周平 マイク モラスキー

アルテスパブリッシング 2010-07-24
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これはもう、ワタシにはお手あげだ。

冒頭のジェッド・ラスーラ氏(ジョージア大学教授)による論文「記憶のメディア--ジャズ史におけるレコードの誘惑と脅威」からして、こんな調子だ。
ドゥルーズガタリのノマドロジー(遊牧論)の議論は、非連続性のパラダイムとしても、世界を動き回るジャズという生命体の状況を認めるひとつの考え方としても明らかに有効である」
この一節を読んで、即座にその意味を理解できる人こそ、本書の読者である。ワタシはもちろんチンプンカンプン(笑)。しかし、久しぶりに目にしたなぁドゥルーズ=ガタリ…。つまり本書とは、そうした“ジャズ研究”書である。

近年、日本でも注目が集まるカルチュアル・スタディーズだが、本書もそうした世界的な文化研究潮流を受けての編纂かと思われるが、多様な領域に広がるジャズ研究の代表的な論考と最新論文を収めたアンソロジー…だという(「だという」と記したのは、「代表的な」論考かどうかワタシには判断できないから)。

編著者の一人であるマイク・モラスキー氏(一橋大教授)は、本書の狙いをこう記す。
「ジャズに関する雑誌記事や書籍は、今や、おびただしい分量に及ぶ。ただし、従来の『ジャズ本』のほとんどが、ガイドブックや、歴史学のアマチュアによるジャズ史入門書や、ミュージシャンの伝記、あるいはレコード評などのカタログ的な集成になっている」(中略あり)として、90年以降に興隆してきた民族音楽や歴史学、文学及び映画研究、社会科学の諸分野に及ぶジャズを題材とする多様な学術研究、つまり「このニュー・ジャズ・スタディーズという新たな研究分野の刺激的可能性を、日本の読者に伝えること」としている。
つまり、ワタシ流の勝手な捉え方をさせてもらえば、多分野の専門家による“ジャズ偏愛”研究書なのだろう…。

というわけで、本書は〈聴く〉〈見る〉〈読む〉〈書く〉〈演る〉の5章から成り、メディア論、ジャズとパンク、村上春樹、楽器の表象、中国ジャズ、歴史叙述、即興、マイルス、フリー・ジャズ、音響など、多彩なテーマが論じられている。

が、しかしながら、当方の理解力(アタマ)が足りないのか、あるいは専門家による“論文”のためだろうか、どうも周縁部を撫でているかのような印象で、読んでいて、だから結局何が言いたいの!? 早く結論を言ってよ!? とツッコミを入れたくなることしばし(苦笑)。

例えば、「『音を外す』:意味、解釈、マイルス・デイヴィス諸問題」の論考に比して、ジェフ・ベック(ロック・ギタリスト)について、やはりギタリストである鈴木賢司氏が評した「コンサートでもレコードに刻まれているもの中でもそうだが、けっこうミストーンが多かったりするである。しかし、驚くことに次の瞬間、ベックは、理論的に明らかにアウトしたその音をその曲の一部にしてしまう。という恐ろしい技を持っている」(レコード・コレクターズ1989年5月号より)との、ひと言の方がよほど説得力を持ってはいまいか。
あるいは、「ジャズの歴史叙述とルイ・ジョーダンの問題」では、「従来のジャズ史にほとんど登場しないサックス奏者ルイ・ジョーダンの歴史的な位置づけ考察している」というが、R&B~ロック・ヒストリーの文脈で、何度となくその重要性が語られたきた彼を知るワタシとしては、「えっ、今さらルイ・ジョーダン? ジャズ研究って遅れているじゃん」という感も…。

どうもケチばかりつけるようだが、ひとつはジャズが研究されてきたようで、され(でき)なかった要因の一つに、その“出自”がはっきりしないという点があるのではないだろうか?
というのは、本書でも記されているようにジャズの初録音は1917年で、すでにジャズが“誕生”してから数十年が経過しているとされる。つまりこれだけ世界を席巻したジャズというボピュラー音楽の本当の“歴史”がわかっていないのだ。
一般的には、ジャズは「西洋音楽とアフリカ音楽の組み合わせにより発展した音楽」とされるが、その誕生の瞬間を見た人も聴いた人もいない。ラグタイムを発展させて、ニューオリンズで「初代ジャズ王」と呼ばれたバディ・ボールデンの録音も残っていない。一方で、近年ではアイルランドのジグの影響も指摘されているが、ワタシの知る限りでは、この関連性についての研究もあまり見当たらない。
というわけで、ジャズはその出所が不明なまま発展してきたからこそ、研究“萌え”する大衆文化として、本書のような研究書が産み出されたのやもしれない…。

さて、そうした本書のなかでワタシの興味を最も惹いたのは、E・テイラー・アトキンズ氏(北イリノイ大学教授)による「『お国のためのジャズ』:戦時日本の新文化体制に向けて」で、ここでは戦時中にもジャズが演奏され続けた事実や戦争協力したジャズ・ミュージシャンについて言及されている。
まさに盲点をつかれたような瞠目の研究で、これらが日本の研究者ではなく、他国の研究者によって成されていることに、なんとも言えぬ悔恨を抱いてしまうのはワタシだけであろうか。できれば、このテーマだけで一冊読んでみたい…そう思わせる同氏の“労作”だ。

ほかに、録音技術の進化がどのように演奏者に影響を及ぼしたかを考察した上田泰氏(成蹊大学救助)による「フォノグラフ効果とジャズ:マーク・カッツの議論を中心に」も、ありそうでなかった視点で、面白く読ませてもらった。

いずれにせよ、冒頭に記したようにワタシは本書を“批評”するような力量もないので、今後もこうした研究ならびに“議論”にぜひ期待をしたい。

◆『ニュー・ジャズ・スタディーズ --ジャズ研究の新たな領域へ』

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