【写真】鈴木清写真展「百の階梯、千の来歴」2010/11/12

鈴木清写真展「百の階梯、千の来歴」
千代田アーツ3331でのトークイベントで、写真評論家の飯沢耕太郎氏が告知していた鈴木清写真展「百の階梯、千の来歴」が開催中だ。なぜか今まで足を運んだことのなかった国立近代美術館まで、それを観に行く(11月11日)。

写真の世界はほんとうに疎く、「鈴木清」の名も前述の飯沢氏によって初めて知った次第。したがって、その撮影技術だのアングルだの云々について、ワタシはコメントする立場にない。しかしながら、そのザラザラと温かい不思議な魅力を持つ作品たちは、やはりワタシを語らせてしまう…のだ。

美術館のガイドによれば、「写真集独特の可能性を、ひときわユニークな手法で探究しつづけた写真家」が鈴木だという。たしか、前述のトークイベントでも、赤々舎代表の姫野希美氏が「写真展で写真を見るよりも、写真集が好き」と発言していたが、ワタシも同感で「綴じられたページをめくることで現われるイメージどうしが、連鎖し、響きあい、そこにひとつの小世界が立ちあがる」写真集に愛着がある。

その「書物」としての写真集にこだわった鈴木の8点の作品をすべて揃え、手にとって視ることが出来るのも、この写真展の大きな“成果”だろう。それは、8点中、7点が自主出版によるもので、多くの人がその「書物」を目にすることが出来なかったからだ(という)。
その貴重な「書物」を手袋をはめて閲覧するというのもまた、写真展らしからぬ厳粛な体験だ。

そうしたなかでも、手作りされたダミーの「書物」には、文字の指定やらテキストの修正やら校正“”がびっしりと入り、すでにそれだけで鈴木の“執念”と“愛”を感じさせる鬼気迫る「作品」となっている。

しかし今回、その歴史的発掘ともいうべき写真集たちの魅力よりも、ワタシは「書物」から解き放たれた鈴木の作品たちに、より惹かれた。

やはり印象に残るのは、復刻もされた第一作の『流れの歌』に掲載された写真たちだ。
汗だらけ炭まみれの炭鉱夫、快活に笑う女工、おどけた旅芸人やプロレスラー、そして洗面器の水に浮かべられたつけマツゲ…。 炭鉱で働き、暮らす人びとと、その暮らしの中に息づく“道具”たちまでの日常風景が、匂い立つように、その湿度さえ捉えたかのように写し出される。

アジア諸国を放浪した他の写真集もそうだが、ピントは外れ、ときには露出過多、あるいは薄暗い写真は、まるでスナップのようでもあるが、断じてそれはスナップ写真などでは断じてない。
鈴木のカメラは“凝視”し、被写体を見つめ、見つめられる。そこに写されたモノ、すべての“いのち”を吸い出すような魂を込めて…。

そこから立ち上がるのは、“俗”なる“聖”ともいうべき、愛しき人びとの生の営み…。そこに、ワタシも含めて多くの人が惹きつけられるのだろう。

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