【映画】レスラー2011/04/21

『レスラー』
『レスラー』(2008年・監督:ダーレン・アロノフスキー)

恥ずかしながらワタシは、『白いドレスの女』(81年)も『ナインハーフ』(85年)も『エンゼル・ハート』(87年)も観ていないので、ミッキー・ロークの“セックス・シンボル”時代を知らない。識っているのは、『バッファロー'66』(98年)や『プレッジ』(01年)、『デスペラード』(03年)でいずれも脇役に甘んじ、落日感を漂わせていたただの中年男の姿だ。

そのやさぐれた中年男が、本作ではそのやさぐれ感をいい具合に全開させし、見事に“映画スター”として甦った。そんなロークのためにつくられたような作品だ。

冒頭で栄光に満ちたプロレスラー“ランディ(ローク)”の過去が、新聞記事や資料をゆっくりとなめるカメラによって紹介され、やがてフィルムの中の時間(とき)は一気に20年後のラムの姿をとらえる。年はとったものの、まだまだ現役として、そこそこに活躍するレスラーとして、ラムの“今”の姿が描かれる。

リングに向かう、控え室に向かうラムの姿から手持ちカメラが追いかけるのだが、監督はこのショットがお好きなようで、本作中でしばしば多用される。それによって、前半はドキュメンタリーのようにラムのリング内外の日常が描かれるのだが、なにしろカメラがラムを正面からまともにとらえるのは、開始から10分近く経ってからのことだ。

かつてのプロレス・ファンとして瞠目させられたのは、プロレスの裏側(真実)が臆することなく描かれていることで、勝敗はもとより、試合内容についてレスラー同士が事前に対戦相手と打合せをする様が描かれる。

それもよい試合をすれば相手を讃え、心からリスペクトする。ロッカールームはまるでチームのようで、会場を盛り上げた功労者には賛辞を惜しまない。

ラムがカミソリの刃で自身の額を切り、流血するシーンでは、ワタシもかつて東京スポーツの記者から、同じような手口で流血をする“技”を聞いたことが思い出された。テリー・ファンクが上手いんだよねと言いながら、自分で切った傷をわざと相手に殴らせるとよく血が飛び散るんだ、とその記者は話してくれた…。

話がすこし横道に逸れたが、デスマッチの相手と一緒に、試合で使う“凶器”を嬉々として買い求める姿には、ギャグを通り越して、プロとしての崇高なプライドすら伝わってくる。

そうして日々肉体的にも傷つき、けっして経済的にも恵まれない生活ながら、観客の歓声が忘れられずにレスラー生活を送るラムだが、肉体の酷使と、寄る年波には勝てず、ある日ロッカーで倒れる…。

そこから、この物語のキモとなる娘(エヴァン・レイチェル・ウッド)との再開と邂逅、そしてストリッパー(マリサ・トメイ)とのせつない恋などが織りなされるのだが、なにしろこの娘が登場するのが1時間もしてからで、しかも唐突だ。あっという間の和解も不自然だし、その後の展開もとってつけたよう。ストリッパーとの関係も同様だ。

つまり、本作はとどのつまるところ、ランディ=ミッキー・ロークの生きざまを描いた映画といえる。ところが、ランディがどのようにしてレスラーとなり、どんな生活を送り、なぜ妻と別れ(?)、そしてなぜ生活に困窮しているのか、多くは語られない…。

しかしながら、「ラムスキー」と本名で呼ばれることをひどく嫌い、「ランディと呼んでくれ」と訴える場合が、本作中何度も出てくる。その名から東欧系と想像するが、かつて米プロレス界には、ジン・キニスキーキラー・コワルスキーといった東欧ルーツの名レスラーが多く活躍していた。

以前ワタシは、プロレス雑誌に起稿した「プロレスにおける民族問題」なる拙文で、移民によって支えられてきたプロレスの歴史に触れたが、ラムがけっして恵まれたエスニック・ルーツでないことは、このラムの態度から透けて見える。

だからこそラムはリング上では、“ミスター・アメリカ”となって“イラク”を体現するアヤトラーと名勝負をくりなすことができるだ。

そのラムが背負う哀しみが、ロークから、スクリーンから滲み出ているからこそ、本作が多くの人に愛されたのだと思う。ちなみに、アロノフスキー監督がニューヨーク生まれのユダヤ人であることも、それと無縁ではない気がする。もちろんレスラーに“なりきった”御年56歳のロークの肉体改造にもワタシは賛辞を惜しまない。

『レスラー』の参考レビュー一覧(*タイトル文責は森口)
「孤独とフェイクを絡ませながらロークが描く優雅なハート」--映画.com(芝山幹郎氏)
「プロレス映画の中でも、屈指の傑作」--超映画批評(前田有一氏)
「“過去の人”である、ローク主演だからこそ輝きを放つ」--お楽しみはココからだ~ 映画をもっと楽しむ方法
「異色のスポーツ・ヒューマン・ドラマ」--映画ジャッジ!(町田敦夫氏)
「ミッキー・ローク抜きでは成り立たない映画」--映画のメモ帳+α
「中年レスラーの悲哀が感動を呼ぶ」--映画通信シネマッシモ(渡ま子氏)

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コメント

_ 浜井弘治 ― 2011/04/22 09:56

ミッキーロークの全盛時代のほぼ全作品をみていたので、この映画は感動しました。
まるで、ミッキーロークの生き様をみているようでした。ヒトは挫折しても、間違いを犯しても、また、前に進む事の大切さを身をもって教えてくれたような作品に、思い出しても感動でした。

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