【アート】シュールレアリスム展2011/05/04

シュールレアリスム展
当初5月9日までの開催と聞いていたので、新規事業準備で超多忙の日々の中で「シュールレアリスム展」になんとか駆け込む(5月4日・国立新美術館)。

じつはつい先日知ったのだが、英『Art News Paper』によると、日本は6年連続で美術鑑賞人口世界一の国だという。ほぉ、という感じだが、本展に足を運び、改めてその美術熱を目の当たりにした。

チケット売り場こそそう混雑ぶりは見られなかったものの、展覧会入り口は人が群れを成し、会場に足を踏み入れればもう列をなして作品に群がるという様相。へぇー、こんな訳のわからない前衛(失礼)に、なんでこんなに人だかりが出来るの!? という感慨も。

この熱気は、上野で観た若忠展以来か…。

その人気ぶりを分析できるほど、ワタシは美術情報通ではないが、近年のアート・ブームともいうべきモダン・アートに対する熱い視線は、各種の展覧会でも肌身で感じていた。

天気にも恵まれたGW最中、震災復興のために街に出よう!というかけ声にも背中を押されたのか、近年のアート界の活況ぶりを象徴するかのような催しとなっているようだ。

さて、その作品群だがパリ、ポンピドゥセンター所蔵作品から、約170点を一挙に公開したというだけあって、量的にも質的にもたしかにシュールレアリスムの歴史とその世界が俯瞰できる展示になっている。

切り取られた顔が解け出したルネ・マグリッドの「秘密の分身」、白日夢のようなソフティケイトされたジョアン・ミロの「シェスタ」、ポップでキュートなマックス・エルンストの「ユビュ肯定」、不思議な浮遊感を漂わせるルネ・マグリッドの「夏の行進」といった多様な作品たちが、ワタシの脳内を心地よく刺激する。

絵画だけではなく、マルセル・デュシャンの「瓶掛け」、アルベルト・ジャコメッティの「咽を切られた女」、マックス・エルンストの「クイーンとともにゲームをするキング」、ヴィクトル・ブローネルの「狼・テーブル」といった造形作品にも目を奪われる。

ワタシ的には、シュール化した“巨神兵”のようなアンドレ・マッソンの 「迷宮」や、メタル&トーイで不思議な静寂感を紡ぎ出すイヴ・タンギーの「岩の窓のある宮殿」など、あまり馴染みなかった作家・作品に触れられたことも収穫だった。

一方で、ワタシをシュールの世界に導いたサルバドール・ダリの作品が2点と、ちと寂しい。あのシュールレアリスムを体現したかのような圧倒的な存在感、ギミックに溢れた世界観を妄想する御大の、その魅力のごく一端しかここでは堪能できない。

もちろんそれは本展の企画意図とは外れるし、そうした“目玉商品”がなくても、現在に至るまで、世界中のさまざまな分野に影響を与えたこの震撼すべきこの“アート・ムーブメント”を体感できるイベントになっていると思う(5月15日まで会期延長)。

「シュールレアリスム展」の参考レヴュー一覧(*タイトル文責は森口)
「シュルレアリスムの影響とその意義を明らかにしようとするもの」-- 弐代目・青い日記帳
「なぜか癒される『シュルレアリスム展』」--続・カクレマショウ
「反合理主義、シュールに共感」--asahi.com(西田健作氏)
「近代と現代とをつなぐ重要なジョイント」--PEELER(菅原義之氏)

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【本】未来型サバイバル音楽論2011/05/05

未来型サバイバル音楽論―USTREAM、twitterは何を変えたのか (中公新書ラクレ)未来型サバイバル音楽論―USTREAM、twitterは何を変えたのか (中公新書ラクレ)
津田 大介 牧村 憲一

中央公論新社 2010-11
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副題に「USTREAM、twitterは何を変えたのか」と付けられていることからもわかるように、ネット配信時代を踏まえた最新型音楽ビジネス論(2010年11月刊)。根底にあるのは、「まえがき」にも記された音楽業界の「危機」だ。

1990年代末に栄華を究めたJ-POPは、「CD離れ」という形で凋落が始まり、レコード会社の人員整理やレコード店の閉鎖という形でさらに顕著になっている。
ワタシ自身も都心の大型CD店の閑散とした様に驚き、知り合いの音楽ライターから「仕事が激減した」と聞かされるにつれ、その変貌ぶりを肌身に感じるようになった。

たしかに我が身を振り返ってみても、パッケージメディアとしてのCDを買うにしても、定価販売&白揃えの薄いCDショップ(中古店も含む)に足を運ぶよりも、ネットでの購入(ダウンロード含む)がほとんどとなってしまった。
CD店に通う大きな理由だった「試聴」にしても、今やデスクに座ったままかなりのレア音源まで可能になってしまった。もはやCD店に、かつてのようなワクワク感を抱くことは難しい…。

そうしたワタシのような(?)音楽リスナーの変容も踏まえ、しかしながらそうした自身の変化を鑑みつつも「危機」に対して少なからず不安や関心も持つ読者たちに向けて、本書は編まれているのだろう。

だからこそ、現在の音楽ビジネスの多様化を「横軸」とするならば、そこに警告の書『だれが「音楽」を殺すのか』 に著者であり気鋭のジャーナリストである津田大介氏という最適任者を置き、一方で音楽ビジネスの変遷(歴史)という「縦軸」に、これまたフォーク黎明期を経て“渋谷系”の仕掛け人として名を馳せる音楽プロデューサー・牧村憲一氏というツワ者を置くことで、本書の重層的な役割が見えてくる。

もっともワタシとて、そうした縦横の音楽業界についてはある程度の知識や情報を持ちあわせていると自負していたのだが、いきなり冒頭で「まつきあゆむ」というワタシの見知らぬミュージシャンの例が挙げられ、面目をなくす…。

それまでインディーズ・レーベルを通じてCDを販売していたまつき氏が、2010年1月1日に初めて個人サイトから『1億年レコード』をリリース。ツイッターやUSTREAM(ユーストリーム)を駆使してリスナーに直接呼びかける、今までにないプロモーションを展開したところ、レーベルからの販売枚数を超えてしまったのだという。

つまり、今までレコード会社が行っていた制作から販売までの流れを一人でやり切り、それで“食べていける”という一つの音楽ビジネスモデルをつくり上げたのがまつき氏なのだ。

本書ではこうした例を挙げながら、音楽業界で何が、どのように変わっていったのか、津田・牧村両氏による分担執筆と対談(論?)によって、レコード会社、メディア、ライブ、ネット、著作権問題に至るまで、つぶさにその「変化」を検証していく。

しかし、本書のキモはそうした音楽業界の現況と問題点の指摘ではない。そうした論議を踏まえて、未来の音楽、音楽ビジネスを問うことが目的なのだ。
そのあたりの「思い」は、5章の両者による対談によって、熱く語られている。

主に、「形のある音楽」(パッケージメディア)の未来と、フジロックに代表されるようなフェス=ライブの可能性について語られているのだが、アナログLP世代のワタシなどはかねてから「今のCDは曲が多(長)すぎる」と主張してきただけあって、若い世代の津田氏から「とにかくCDをもっと安くして、五~六曲入りくらいのミニ・アルバムがCDの生きる道だと思っている」といった発言を聞くと、ポンとヒザを打ちたくなる。

ただ、不満があるすれば「クラウド」についてほとんど触れられないこと。今後、i-tuneを始めクラウドでの配信(?)がデフォルト化されるとい言われているなかで、今まで個人が所有してきた音楽はどのような聴かれ方をしていくのか? どのようなビジネスとなっていくのか? 興味は尽きない。
もっともワタシなどは、音楽のクラウド化はいわば「一人有線放送」で、それってもしかすると、先祖帰りなのではないかと、妄想しているのだが…(失笑)。

『未来型サバイバル音楽論』の参考レビュー一覧(*タイトル文責は森口)
「小説やマンガ、映像コンテンツなどにも当てはめられる指摘」--シロクマ日報
「日本復興後に加速する音楽ビジネスのかたち」--公開日記@裏側公開

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【アート】ヘンリー・ダーガー展2011/05/06

ヘンリー・ダーガー展
「アメリカン・イノセンス。純真なる妄想が導く『非現実の王国で』」と題された本展に足を運ぶまで、じつは寡聞にしてこのヘンリー・ダーガーなる作家のことは、まるで知らずにいた。まったくお恥ずかしい限りだが、その鬼気迫る創作欲と奇異なる人生に驚愕し、また大いに考えさせられるという貴重な体験を得た(5月4日・ラフォーレミュージアム原宿)

何しろその謎にみちた生涯の間、誰一人として知られることなく、黙々と創作活動を続け、死後その膨大な作品が死後発見された…。そしてその作品が、暴走する妄想にあふれたアートワークとして、驚愕をもって迎えられた。
じつはそれだけの情報だけで本展に駆けつけたわけたが、その壮大な“物語世界”は、実に摩訶不思議な、なんとも言い難い魅惑をもって、観る者に迫ってくる。

19歳から81歳で死を迎えるまで、ダーガーが執筆・作画したとされる15,000ページにも及ぶ小説『非現実の王国で』は、彼が部屋を去った後、部屋の片付けに入ったアパートの大家によって発見されたという。 そこには子どもを奴隷として虐待する暴虐非道な男たちを相手に、壮絶な戦いを繰り広げる7人の美少女姉妹“ヴィヴィアン・ガールズ”の苦難に満ちた冒険が綴られていた…。

作品展はダーガーの生涯を辿りながら、そのポップ感溢れる挿絵の展示を主に展開される。まるで子どもが描いたようなその“作品”はけっして「上手い」というシロモノではないが、よく見れば人ひとりの役割(所作)がキッチリと描かれたキッチュなヘタウマ感に溢れている。

作画に自信のなかったダーガーが、必要に迫られてトレースやコラージュといった技法を駆使したことで独特のガジェット感が生れた。その独自(特異)性によって、“アメリカン・アウトサイダー・アートの代表的な作家”と称されるに至る。

しかしながら、その絵物語はけっしてメルヘンチックなものばかりでなく、少女たちの股間にはペニスが生え、南北戦争の戦禍を連想させる壮絶な戦いが描かれ、医学書をも研究したとおぼしき陰惨な虐殺体の内蔵までが緻密に描かれる。

まるで、人の人生が、人の“業”がそうであるように、愛と暴力と不条理が混在したカオスが、ダーガーの脳内ワールドから解き放たれる。

それをターガーは、たった一人の読者である自身のために、60年にもわたって書き(描き)続けた…。つまりこのダーガーの膨大な作品群は、表現とは何なのか? アートとは何なのか? ひいては人間とは何のなのか? という根源的な問いをワタシたちに突きつけているのだ。

そうした「問い」に呼応するかのように、会場には、やくしまるえつこ(相対性理論)、菊地成孔(ジャズ・ミュージシャン)、リリー・フランキー(作家)、斎藤環(精神科医)、藤田康城(演出家・ARICA)など、さまざまな立場からこの奇異なる作家への賛辞とオマージュが掲げられている。

そして、ダーガーの作品には戦争や自然災害に立ち向かう人たちの勇気が讃えられている…と、解説されたエピローグには、こうも記されている。
「人生は残酷で壊れやすい。だが美しく、人は力強く生き抜いていく。ヘンリーの人生と創作は その痛ましい証明だ。」…

まさに、大震災後のこの日本で、本格的なダーガー展が開らかれたことに、不思議な縁を感じてならない。

『ヘンリー・ダーガー展』の参考レヴュー一覧(*タイトル文責は森口)
「非現実と現実のパラレルワールドの如き世界観」--弐代目・青い日記帳
「2011年の中で、最高の展示」--atsushisaito.blog
「表現者としてショック。でも愛おしくて面白い」--なんでも研究室
「壮大な空想世界を築きあげた孤独な作家の、創造の神秘」--asahi.com

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【映画】みな殺しの霊歌2011/05/07

みな殺しの霊歌
『みな殺しの霊歌』(1968年・監督:加藤泰)

加藤泰といえば時代劇や任侠映画を特異とした監督というイメージしかなかったが、これには驚いた。まるでATG映画のようにアバンギャルドでスタイリッシュな出来ばえ。よくこんな作品を松竹が撮らせたなと、少々驚く…。

親しくなった少年の自殺の原因が、有閑マダム(死語)の開く秘密パーティでのある“行為”だと知った殺人犯・川島が、次々とその女たちを殺していく…というたわいもないストーリーだが、その圧倒的な映像に魅せられる。

殺人が虐げられた者の“権利”だとばかりに、何度となく殺戮を繰り返す佐藤允の満身の演技。菅井きんの芸幅をうかがわせる風格の存在感に、いつも変わらず可憐な花を思わせる倍賞美津子。警察本部長を演ずる松村達雄もシブい。

しかながら、本作での“主役”はそうした演技者たちの競演ではない。
これは“カメラ”が主役の映画だ。

なにしろ人物やシーンをまともに撮らない。しばしば観客の視線を塞ぐかのように手前を何か置くのだ。ときには棺桶であったり、花であったり、家の柱であったり…とにかく目の前に何らか物が置かれるのだ。
かといってもどうも監督の意図が、その手前に置かれた物を見せたいわけではないようだ(ピンも合っていない)。なぜかといえばその奥では、会話なり、動きなり、物語が確実に進行しているからだ。

つまりワタシたちは、手前に置かれたモノの向こう側で展開されるシーンを観るために、凝視を強いられる。“観る”という行為に集中力しなければならない。
そのスクリーンの奥を凝視するという行為があるからこそ、この異形の物語から迫りくる緊迫感と寂寥感を体感できる…。
どうもそれが監督の“狙い”であるように思えるのだ。

寡聞にして加藤監督や丸山恵司カメラマンの緒作から、そうしたカメラワークを確認することはできないが、若き日の山田洋次氏による“構成”にも、そうした意図が含まれていたのかもしれない。

『みな殺しの霊歌』の参考レビュー一覧(*タイトル文責は森口)
「濃厚な映像遊園地が観る者の心を掴んで離さない」--くりごはんが嫌い
「加藤泰カラー炸裂の映画ではあるが…」--シネマ、ジャズ、時々お仕事

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【CD】KARA/Pretty Girl2011/05/08

Pretty GirlPretty Girl
KARA

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K-POPはほとんど韓国盤でしか購入していないので気がつかなかったが、このKARAにしても日本で発売されているのは日本仕様で、どうやら韓国盤は正式に発売されていなかった(?)ようだ。

というわけで、韓国からの輸入盤に歌詞対訳付きで6タイトルが一挙にリリースされた(2011年2月)KARAの2ndミニアルバムを改めて紹介。
ファーストの『Rock U』 を初々しさも捨てがたいが、やはりワタシがKARAにハマッたこの『Pretty Girl』を推しておきたい。

ダンサンブルな①「Honey 」で華やかに幕を明け、②「PRETTY GIRL」でさらにアゲアゲに、③「ヨールレイ」ではヨーデル唱法まで採り入れたコラージュ感溢れるナンバー、大人びた④「MY DARLING」「MY DARLING」の歌唱でその実力をみせつけ、ラストはセツないバラード曲⑤「私は…(Ing) 」でしっとりと締める。

「PRETTY GIRL」のPV↓

愛らしさと初々しさの一方で、その歌唱力とキッャチーな楽曲で、アルバムを通して厭きさせない。
『未来型サバイバル音楽論』のレビューでも触れたが、CDはミニアルバムくらいが丁度いい。フルアルバムが売れないという事情があるにせよ、ミニアルバムが量産される韓国の方が、そうした意味でも日本の先を行っている。
そこもまたワタシがK-POPに惹かれる理由でもある。

豪華フォト・アルバムが付いたつくりなど、KARAに限らず韓国盤のそれら緒作はさまざまな工夫が施されて、それもまた一興。

蛇足ながら、ワタシの中でもすでに“終わっていた”少女時代の3rd ミニ・アルバム『Hoot』 もなかなか力作でこちらもオススメ。
K-POPは、まだ終わらない。

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【TV】ETV特集「町にボクのロックは流れますか?~ネット世代のカリスマ“現実”に挑む」2011/05/10

ETV特集「町にボクのロックは流れますか?~ネット世代のカリスマ“現実”に挑む」
放送から数日が経ってしまったが、意外(?)にも優れたドキュメンタリー作品となっていたETV特集「町にボクのロックは流れますか?~ネット世代のカリスマ“現実”に挑む」を改めて取り上げたい(5月8日NHK教育)。

まず、NHK教育と「神聖かまってちゃん」の“の子”という組み合わせに、軽い驚きを持つのはやはりオジさん世代か? なにしろ“長髪”が大問題となって、グループサウンズがNHKに出演できなかった時代を知っている世代なので…(爆)。

それがNHKもさらにお堅い(かった?)教育チャンネルで、「死ね~」連発の“の子”の特集だ。それも文字通りの“丸裸”の私生活に始まり、彼の孤独感や創作の苦しさにあえぐ胸の底まで覗き込もうという意欲的な作品として。

冒頭から“の子”がかつて引き込んでいた部屋にズカズカとカメラが入り込み、官能的な(?)入浴シーンが披露される。これがもういきなりの意表をつく展開で、これで一挙に引き込まれる。

ネットを駆使した活動を展開してきたかまってちゃん=“の子”といえど、いきなり私生活を撮らせてしまうというのは、撮ったNHKもエラいが、撮らせた本人も事務所も、じつに勇気があると思う。
その姿勢は本作を通じて一貫しており、カメラに向かって悪態をつき、スタッフに怒りをぶちまけ、あげくの果てに1カ月もの“失踪”をする“の子”の姿を包み隠さず、そのままライブ感溢れる映像として流す。

いわばかまってちゃん=“の子”がやっていたストリーミング=ライブ・コミュニケーションをそのまま模したかのような手法で、番組(ライブ)が展開する。
近年、ネットを利用した視聴者との双方向コミュニケーションに接近するNHKらしく、ディレクターもそのライブに参加するかのように、初々しいままにストリーミングに参加し、“の子”ファンに素朴に質問を投げかける。

民放のドキュメンタリーにありがちな、その胸中を無理やりこじ開けるような演出も、番組的な盛り上げや感動はここにはない。ただ、この“の子”という異才と、彼をとり巻く事象や人間関係を辿るだけで、十分に物語的で「作品」として成立している。
“の子”という特異な素材と、NHKらしからぬ無手勝な手法が、ネット時代のヒリヒリとした空気感をとらえた、見事な作品として立ち上がった…と言うべきか。

それにしても間近で観る“の子”は、アケミ(じゃがたら)の危うさと、どんと(ボ・ガンポス)の繊細さを併せ持った、天性の「狂気」を感じさせる。いや、それを例えるならハイパー太宰治か(苦笑)。
それゆえに、いつ解散してもおかしくないと思っていた「神聖かまってちゃん」のメンバーが“の子”の数少ない友人として、“失踪”さえも何事もなかったように温かく見守る姿には、なにかこう心癒される…。

「ゴール」も「結論」なくエンディングに向かった本作と同様に、痛いのに高揚感溢れるというその独特のかまってちゃんサウンドを、これからもずっと鳴り響かせていって欲しいと思う。(乞、再放送)

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【映画】海炭市叙景2011/05/11

『海炭市叙景』
『海炭市叙景』(2010年・監督:熊切和嘉)

これは評するのが難しい作品だ。

函館出身の作家・佐藤泰志の同名短編小説(未読)を基にしているというが、本作に登場するのは主に5つの家族だ。

造船所の合理化で不安を抱える若い労働者(竹原ピストル)と妹との小さな生活(谷村美月)。
宅地開発のための立ち退きを迫られる老婆(一人暮らしだが、愛猫が“家族”として描かれる)。
小さなプラネタリウムの撮影技師・夫(小林薫)を尻目に、嬉々として夜の勤めに出る妻(南果歩)。夫婦間は冷えきり、息子もすっかり心を閉ざしている…。
父親から燃料店を継いだ若い社長(加瀬亮)は、浄水器ビジネスに手を出したものの空回りで、病んだ妻(東野智美)と母親に虐待される息子(小山燿)との間で、暴力でしかうっぷんを晴らせない。
故郷を捨てて東京に出た浄水器売り(三浦誠己)が、夜の「海炭市」を彷徨する。その息子を市電運転車の父(西堀滋樹)は黙って見守るしかない…。

最初の二組はまるでドキュメンタリーのように描かれる。
函館のドックで撮影された進水式のシーンはじつに迫力があり、労組組合の団交シーンも、エキストラによる切実感からか、かえって“本物”っぽく見える。
とりわけ老婆を演じた(?)中里あき氏は、まさに監督がたまたま見かけて声をかけた素人役者だというが圧倒的な存在感を放ち、長年住んできた家と土地への思いが素のままに描き出される。

そして、3組目の小林・南コンビによって、ようやくこの映画が「物語」であることに気づく。
4組目の過剰な暴力は、まさに映画的な演出臭をプンプンと放ち、ヒリヒリという以上の“痛み”が伝わってくる。

5組目の浄水器売りの青年の、故郷に対するアンビバレントな感傷…それこそが本作のテーマであると思うのだが、ここでは『焼肉ドラゴン』の名セリフ「この町が嫌いでした…でも本当は好きでした」のような明確な表明はない。

“故郷”とは、そのあやふで曖昧な、自身でも答えにならない複雑な思い抱かせたまま、ワタシたちを終生とらえて離そうとしないものなだ。3.11以降、ますますその思いを強くした人は多いのではないだろうか…。

そのゆっくりとしたテンポも、この作品には必要だったのだろうが、なんといっても2時半という長尺は冗長だ。なのに、本作を観終えて何日も経つというのは、本作に描かれたさまざまなシーンが、ワタシの中で何度となく反芻される。

だから、評するのが難しいと言っているのだ…。
「海炭市」という架空の“故郷”を舞台にした、残酷で、美しい物語。ワタシたちの消し去りたい記憶を呼び起こす叙情詩のような一遍。
傑人ジム・オルークの美しい音楽が、静かに寄り添う。

『海炭市叙景』の参考レビュー一覧(*タイトル文責は森口)
「地方都市に暮らす人々の生活と空気感をリアルに捕らた演出」--お楽しみはココからだ~ 映画をもっと楽しむ方法
「ただそこに住み続ける彼らを優しく肯定」--映画のブログ
「それでも人は生きていく」--LOVE Cinemas 調布
「手放しで称賛できる傑作」--シネマプレビュー(MSN産経ニュース)
「南果歩が圧巻。加瀬亮も素晴らしいが…」--北小路ゲバ子の恋
「不思議なほど穏やかな余韻が残る佳作」--映画通信シネマッシモ(渡まち子氏)

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【TV】glee/グリー 踊る♪合唱部!?2011/05/13

glee/グリー 踊る♪合唱部!?
これはハマる!
昨年、アメリカで放送が始まるや否やそれを観た複数の米滞在タレントや識者が、口々にこの『glee』を絶賛していたが、さもありなん。
いわば幕の内弁当にかつカレーをのせ、豆腐ラーメンをぶっかけて、ティラミスとタバスコをトッピングしたようなドラマなのだから(笑)。

物語はかつてミュージシャンになる夢を持っていた高校教師が、ひょんなことからグリークラブを引き継ぐことになり、落ちこぼれ生徒たちを集めてクラブの存続を図る。
そこへさまざまな妨害や思惑が絡み、まさに毎回ドラマティックな展開をみせる音楽&青春ドラマだ。

NHK・BSプレミアム(毎金曜22:00~22:45)で現在まで5回まで放送されているが、毎回少しずつそのテイストを変化させていくという手法も含めて、米TVドラマの底力を感じさせる出来。

まず、初回から(日本の)通常のTVドラマの5回分ぐらいのスピードで、それぞれが問題やコンプレックスを抱えた登場人物が紹介され、一気にグリークラブ結成へと走る。

ワタシなどはグリークラブといえば、否応もなくダークダックスやデュークエイセスを連想してしまう世代だが(どういう世代だ!?)、まずは、えっ、米ハイスクールのグリークラブってこんなにヒップなの!?ということにまず驚く。

いきなりエイミー・ワインハウスやらカニエ・ウエストのヒット・チューンがコーラスされ、邦題にあるようにヒップホップ・ダンスよろしくひたすら踊りながら歌うという、ワタシのなかにある「グリー」のイメージを打ち砕くに十分な出だし。
その衝撃は、いつの間に一大エンターテイメントに進化していた米マーチングバンドの大会を目にして以来。

ようやくクラブのメンバーの気持ちが一つになり、ラストで本作のテーマソングともいうべきJourneyの「Don't Stop Believin'」が歌い踊るシーンに至る頃には見事に術中にはまり、“感動”に浸るワタシがいる(苦笑)…。


そのままのジェットコースター・ドラマでいくのかと思いきや、3回目あたりで劇中の人物が突然歌い出す従来のミュージカルをバロッた(リスペクト?)趣をみせ、4回目ではマンガチックなテイストでおよそありえない人間絵巻へと展開が転がる…。

これは米ドラマの常套ではあるのだが、黒人、日系、ヒスパニック、ジューイッシュなどさまざまな人種・民族やゲイ、障がい者などがデフォルメチックに配され、マイノリティ感溢れる“負け犬”的なキャラが立ちまくる。

つくり手の上手さを感じるのは、バタバタでベタな展開のなかに、突然ふいをつくように泣かせるセリフや場面を挟み込み、その落差にオヤジはこれにコロっとやられてしまう…。

ゴールデングローブでTVドラマシリーズの最優秀作品賞をはじめ、各賞受総ナメ的な評価もダテではない、オススメ作だ。

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【映画】愛を読むひと2011/05/15

『愛を読むひと』
『愛を読むひと』(2008年・監督:スティーブン・ダルドリー)

本作を成功たらしめているのは、やはりそこに“ナチス”という重い重い軛(くびき)が描かれているからだろう。
単に、男と女、世代間、ドイツで、というだけでなく、この“ナチス”という人類史が背負った重い十字架が背景にあるからこそ本作は重く、我々に永劫の問いを投げかける…。

舞台は第二次大戦後のドイツ。通学中に気分が悪くなった15歳の少年(ダフィット・クロス)を、通りすがった年上の女性が介抱し、やがて二人は恋仲となる。『タイタニック』ではそのオバサン顔が仇となって(?)オスカーを逃したケイト・ウィンスレットが、ここではその“老け”具合を利して、生活に疲れたややあばずれた20歳も年上の女を見事に演じる。

女の求めて応じて、少年はさまざまな本(物語)を読み聞かせる。まるでその“朗読”が、この禁断の愛の密やかな確認であるかのように…。
しかし、少年は同世代の少女に心を揺らし、女は突如して少年の前から姿を消す。

やがて時を経て二人が再開したのは法廷で、であった。
少年は法科習生となり、被告席にはナチスの収容所で看守として働いていた女の姿があった…。
女は自身を弁護するための“秘密”を明かさないまま、無期懲役の判決を言い渡される。

“秘密”を知るかっての少年は、やがて弁護士(レイフ・ファインズ)となり自問する。自分は何が彼女にしてあげられのかと…。
やがて、朗読を吹き込んだテープが次々に刑務所に届き始める。

これだけを書けば、たわいもない純愛劇だ。

しかし繰り返すが、本作を単なる忘れじの初恋純愛劇でもなく、禁断の愛の物語に終わらせないのは、“ナチス”を異化装置として、彼(彼女)ら選択(生き方)を現代のワタシたちに問うているからだ。あなたなら、どうしただろうか? と。どうするだろうか? と。
そして、未だ殺戮と、圧政と、迫害・・差別、渦巻くこの世界と歴史の中で、あなたがたはどう生きているのか? と…。

『めぐりあう時間たち』で、やはり時間と場面に自在に往来するという映画ならでは手法を駆使したダルドリー監督は、本作ではその手練(マジック)に磨きをかけて魅せる。

本作で念願の主演女優を射たウィンスレットのみならず、娘とも打ち解けずにいる中年弁護士の内なる苦悩を、あの『シンドラーのリスト』でSS将校となったファインズが、見事に演じている。

しかし、ドイツを舞台にしながら、全編英語で語られるという相変わらずの米映画帝国主義的な発想には、やはり鼻白む。

『愛を読むひと』の参考レビュー一覧(*タイトル文責は森口)
「優れた原作と素晴らしい映画の幸福な出会い」--映画通信シネマッシモ(渡まち子氏)
「ハンナとマイケルの自分探しの旅」--地中海ブログ
「社会的弱者の悲劇的確執」--佐藤秀の徒然幻視録
「極上のドラマ、ウィンスレットの映画」--映画ジャッジ!(岡本太陽氏)
「二人の『痛い』関係は表現出来たものの全体はいまいち」--超映画批評(前田有一氏)
「心の揺れ動きの描写が見事」--ツボヤキ日記★TSUBOYAKI DIARY

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【TV】ETV特集「ネットワークでつくる放射能汚染地図 ~福島原発事故から2か月~」2011/05/16

ETV特集「ネットワークでつくる放射能汚染地図」
力作を連発するETV特集が、これまた放った瞠目の一本。「ネットワークでつくる放射能汚染地図~福島原発事故から2か月~」が、昨夜(5月15日)放映された。

この間の事故への対応・コメントを見るにつけ、改めて原発関係の科学者のほとんどが“御用学者”である目してきた。ところが、そうではない科学者たちがいたことを本作で知った。良心に基づいて行動する数少ない科学者たちがいた。まずそのことに、驚かされた。

未曾有の原発事故によって、いったい何が起こっているのか?
放射能災害は、人びとや環境に何をもたらしているのか?
番組では、全国の心ある科学者たちがスクラムを組み、地道な作業を続けながら「放射能汚染地図」を組み上げていく様に密着する。

震災3日後から防護服をまとい、放射能汚染でカウンターの針が振り切れる地域に踏み入っては、黙々と土壌や空気、植物を採取し、調査をくり返す科学者たち。


途中、じつは測定値が高い場所で、それを知らずに避難している住民にも遭遇。国の観測データが、その地に住む人たちに知らされていないという理不尽さが暴露される。

番組中、何度となく「あっ、針が振り切れました」と繰り返され、調査にあたる学者が「現実とは思えない…」と呻く姿に、改めてこの原発災害の重篤さを思い知らされる。

福島第一原発から60キロ離れた郡山市内の中学校校庭の測定値が、「チェルノブイリから3キロの地点の値と同じですね」などと聞くだけで頭がクラクラしてくる…。これは本当にレベル7の事故なのだろうか? すでにレベル8、9にも達しているのではないか、と改めて身震いする。

4月19日、文部科学省は、学校等の校舎・校庭等の利用判断における放射線量の目安として、年20ミリシーベルト、屋外において3.8マイクロシーベルト/時という基準を、福島県教育委員会や関係機関に通知した。
労働基準法では、18歳未満の3.8マイクロシーベルト/時の作業を禁止しているのに、だ。

ところがこれに抗議する父母たちの前で、会見に同席した原子力安全委員からは、「私たちは20ミリシーベルトを許容しない」という発言が飛び出す。あたり前だ。いったいこの国の為政者たちは、どうなってしまっているのだ…。

科学者たちによる地を這いつくばりながらの調査地点は、130カ所にも及び、やがて前代未聞の「放射能汚染地図」は完成した。
しかし、そこには福島第一原発敷地内の測定値はなかった…。

一部では、“フクシマ50”や吉田・福島第一原発所長を讃える声が聞こえてくる。しかし、彼らは今般露(あらわ)となった一号機のメルトダウンの事実も含め、今に至るまで多くの情報隠しを続けてきた張本人たちではないのか?

調査の中心となった木村真三氏は、現地調査を止められたことで、放射線医学総合研究所の研究官という職を辞して、このプロジェクトを敢行した。
被曝(ひばく)による人体影響と、今後の土壌汚染への対策を、客観的かつ冷静に考えてゆくための基礎となるデータ…。それは科学者たちの“良心”が詰まった、未来への贈り物だ。

讃えられべき人たちが、ここにいる。今後何十年にもわたって放射能汚染と闘うという重い責務を負った人たがここにいる。そして、2カ月にわたり彼らと同じく、放射能を浴び続けながら、取材を敢行したNHKスタッフにも改めて拍手を送りたい。(5月28日15:00~再放送)

*追記 6月5日(日)22:00~22:30 ETV特集で続報が放送予定。
「続報 放射能汚染地図」

ETV特集「ネットワークでつくる放射能汚染地図」の参考レビュー(*タイトル文責は森口)
「研究者、ジャーナリスト生命をかけての仕事」--感染症診療の原則
「大金星であり大黒星でもある番組」--てんしな?日々

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