【LIVE】ももクロとかまってちゃん2011/02/25

ももクロとかまってちゃん
“週末ヒロイン”ももいろクローバー神聖かまってちゃんによるジョイント・ライヴ「~みんな仲良くできるかな?編 『ももクロとかまってちゃん』」に参戦(2月25日・SHIBUYA-AX)。

ワタシがももいろクローバーに惹かれるのは、そのポジティヴな歌と姿勢から発せられる独特の高揚感によってだ。数あるアイドル・ユニットのなかでも、このポジティヴさと高揚感は、ももクロならでは売りであり特長であると思う。

生ライヴを観る(聴く)のは初めてだが、この日もその“ももクロ・パワー”が爆発したパフォーマンスを魅せてくれた。
「chai Maxx」からスタートしたステージは「全力少女」まで一気に7曲を聴かせ、MCを挟んでさらに5曲。すべてアッパーなナンバーばかりで、終盤はさすがに単調になるかと思いきや、そのテンションは「行くぜっ!怪盗少女」で最高潮に達し、最後まで緩むことなく、ももクロの魅力を伝えてくれた。

14歳から17歳までの6人組。SPEEDのように、とりわけダンスが上手いわけでも、歌唱力があるメンバーがいるわけでもない。しかしながら、体育会系のようなノリで、熱を発しながら歌い踊る姿は、そのポジティブなリリックと相まって、他の凡百のガールズ・ユニットにはない魅力を感じさせてくれる。

ところでAKB48の「Beginner」もそうだが、このところアイドルによるポジティブ系非ラブ・ソングが目立つがこれは、スポーツ・イベントのテーマ/タイアップが増えたことと関連するのだろうか?
そのあたりのアイドルによるポジティブ・ソングの系譜を、歴史を遡って誰か書いてくれないものだろうか…。もちろんそこには、ももクロもその現在進行形の担い手として、しっかりとその名が刻まれるはずだ。

そして、休憩を挟んで神聖かまってちゃんが登場。
CD評でも書いたが、このバンドの魅力は,“非リア充”といわれるゼロ世代的ななげやり感の中に、過去のロック・ミュージックの遺産を巧みに活かしたポップでパンクな、きらびやかなサウンドを持っている点にある。

いきなり、みさこ(ドラム)とちばぎん(ベース)による野太いサウンドで幕を明けるのだが、CDよりハードな響きで疾走感溢れる演奏を聴かせる。
ワタシが感じたフィル・スペクター的なサウンドは、ライブではさらに重層的に響き、ときにオーケストレーションのようさえ聴こえる。

叫びに近いの子のヴォーカルも、そのスクリーム一発でかまってちゃんのサウンドを印象づけてしまうほど、強力で魅力的。そのダミ声を生かした歌唱法に、ボ・ガンボスの故・どんとを思い出してしまったが、の子の方がよりチャーミングか。

キッチリと構成されたももクロのそれとは対象的に、今のバンドの状態を素のまま放り出したような1時間のステージはあっという終わり、やや物足りない感じもした。それでも、かつてのJAGATARAの江戸アケミがそうであったように、舞台上にも客席にもカオスを残したままの子は去っていった…。

かつてブルース・スプリングスティーンの登場に、ジョン・ランドウ(ロック評論家)は「そこにロックン・ロールの未来を見た」と評した。それに模すならば、ワタシはかまってちゃんの登場に「そこにロックン・ロールの“今”を見た」と記しておきたい。

欧米で誕生したロックが、やがて極東の地に飛び火し、そこで独自の進化を遂げた末の“まっとう”なロック。それが神聖かまってちゃんなのだ。

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【TV】笑う沖縄・100年の物語2011/02/27

小那覇舞天
先日レビューしたETV特集『深く掘れ 己の胸中の泉 沖縄学のまなざし』に続いて放映されたNHKハイビジョン特集『笑う沖縄・100年の物語』(2月25日)もまた、沖縄の“文化”から今の米軍基地問題に至るその苦難の歴史を問うたドキュメンタリー。

今回の主役は“笑い”だ。
沖縄漫談の小那覇舞天(ブーテン)が、浅草で学んだ政治風刺を効かせた笑い「ブーテン漫談」で戦後の沖縄を席巻し、その弟子・照屋林助もまた「ワタブーショウ」で、大人気となる。
そして、その風刺の笑いの系譜は、沖縄方言(ウチナー口)にこだわわる芸人集団「笑築過激団」に引き継がれ、今も笑いで基地問題を鋭く告発する劇団「お笑い米軍基地」に脈々に受け継がれている…。

前述の“沖縄学の父”・伊波普猷(いは ふゆう)の足跡を追った『深く掘れ~』が、やや強引に「沖縄学」と「基地問題」をリンクさせていた感があったのに比して、こちらは何しろ“現物”が次々に出てくるのが強みだ。

さすがに“動画”は出てこないが、残された舞天さん、林助さんらの録音物から、その風刺の効いた歌詞やエンターテイメントを溢れる歌いっぷりやセリフ劇から、彼等の反骨精神が溢れだす。

その“遊び心”にNHKのスタッフも触発されたのか、林助さん似の沖縄の若手芸人(平良大)と、かつて林助さんとコンビを組んでいた前川守康の息子・前川守賢(沖縄民謡歌手)とで、「ワタブーショウ」を再現。
音声は当時の「ワタブーショウ」をそのまま流し、二人が口パクで演じるという疑似「ワタブーショウ」を見事に演ってのけた。

ちなみに音声部分は、かつてワタシも愛聴した『うちなーゆんたく・沖縄の笑い芸』 からだろうか。CBSソニーからLP版(1982年)では「ワタブーショウ」 「ブーテン漫談」が各面に刻まれたスプリットLPの名盤だった。

それにしても、もちろん本土でも「ザ・ニュースペーパー」「大川興業」のような政治風刺集団はあるが、「お笑い米軍基地」というまんな劇団名で痛烈なギャグを飛ばし、基地問題を笑いで風刺する若手劇団が人気を博しているというのも、やはり沖縄の歴史性を感じずにはいられない。

そうした今日に連なる歴史性をうまくあぶり出したという意味でも、インテリ思考の『『深く掘れ~』よりも、庶民に息づく、したたかな“笑い”の神髄を“笑い”の精神でもって表現しようとした、本作に軍配を上げたい。(NHK総合で3月23日(水)22:00~22:48再放送予定)

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【パントマイム】湘南亀組「越境の身体」2011/02/28

湘南亀組「越境の身体」
パントマイム劇団・湘南亀組の30周年記念公演「越境の身体(からだ)」に足を運ぶ(2月26日・北とぴあ)

寡聞にしてこの劇団のことは本公演の案内で知ったのだが、「平塚養護学校寄宿舎パントマイム同好会」からスタートして、かれこれ30年に及ぶ活動歴をもつという。おそらく養護学校の先生を中心とした、素人マイム集団なのだろうと思って公演を観たのだが、その予想は大きく覆された。

まず、舞台に登場するパーフォーマーたちは、障害のある無しを問わないさまざまな人たちだ。そのさまざまな身体性と集団性を活かし、パントマイムの枠を超えた多様なパフォーマンスを魅せてくれた。

もう30年も前のことだが、在日韓国人で身体に障害に持つ金満里氏率いる「劇団態変」の公演で、カラフルな衣装をまとった金氏が細いを手足を“でんでん太鼓”のようにくねらせ舞台を転がる姿を観たときに、その身体は本当に“美しい”と思った。金満里は天才だと思った。

本公演で、そのシーンがまざまざと思い返された。
黒タイツに上半身裸体のパフォーマーたちが舞台に居並び、次第に身をくねらせ始める。足に障害をもつ男性は、座った状態から両腕だけでひょいとその身体を浮かせ“歩行”してみせる。
舞台に身を横たえたほとんど身体の自由がきかない男性を、健常(?)の男性パーフォーマーがゆっくりと持ち抱え、慈母のように慈しむ…。
その息をのむようなパーフォーマンスはまさに、本公演タイトルである「身体の越境」を視るかのように、幻想的で美しい…。

また、「瞽女」というパーフォーマンスでは、着物を着た二人の障害をもつ女性を“瞽女”さんたちが、とり囲む。それだけで、そこには“物語”が立ち上がる。

圧巻は「ひ」と題された男女二人による舞踏で、身をくねらせ異彩を放つ男性パフォーマーが、身体的にはより自由であるはずの(健常?)女性舞踏家を圧倒する。まさに身体が“越境”した瞬間をそこに観るかのように…。

冒頭のライティングに工夫を凝らした“影絵マイム”や名作映画の一番面をコミカルに再現した舞台など、さすがに30年のキャリアの中で培ってきた研究と演出で、観客を厭きさせない。

途中、朴保ライブと東京朝鮮中高級学校による朝鮮舞踊や民族楽器演奏も挟み込み、特大新聞紙を出演者たちが思い思いにぶち破るというカタルシス溢れるフィナーレで、2時間余の“ショー”の幕を閉じた。

すでに海外公演もいくつもこなしている同劇団だが、もっと多くの人に知られてもいい、本格的なノーマライゼーション・パフォーマンス集団だと思う。

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