【演劇】ひょっとこ乱舞『ロクな死にかた』2011/02/06

ひょっとこ乱舞『ロクな死にかた』
広田淳一氏が主宰する劇団「ひょっとこ乱舞」の新作『ロクな死にかた』を観劇(2月6日・東京芸術劇場小ホール)。

今年で結成10周年を迎える同劇団の公演数は、本公演で24回を数えるというからちょうど年2回のペースで公演を行ってきたことになる。全作品の脚本・演出を担当してきた広田氏に、それだけ表現したい欲求があるのだろう。本作も、そうした氏の“思い”がたくさん詰まった作品となっている。

テーマは「死」と、その表裏を成す「生」だ。
冒頭から魅力的な滑りだしで、この物語は始まる。
元恋人の死を受け入れられずに引きこもり、精神的に不安定になった妹を思んばかって、姉は会社の同僚を連れてくる。
妹は元恋人が「生きている」と主張する。その根拠は、彼しか知り得ないようなエピソードが綴られたブログで、それは今も更新されているというのだ…。

そこから、“死んだ”はずの彼の生前が語られ、現・恋人や彼の友人たちとの会話ややりとりが描かれるなかで、意外とあっさりブログの“秘密”が明かされる。
そして、死後もネット上に漂うブログやツィッターを巡って、生と死の曖昧な境がテーマとして立ち上がってくるのだ…。

以下は学術的な裏付けがあっての話ではないが、アフリカやラテンアメリカの伝統的死生観では、「死」は肉体の死を意味するのものではなく、その人を知る人たちのその人にまつわる記憶がなくなったときに初めて「死」として認知される、と聞いたことがある。

やし酒飲みが“死者の国”を旅するキテレツな冒険譚であるエイモス・チュツオーラの小説『やし酒飲み』 などは、そうした死生観から生み出された作品だという。

そうした死生観がある以上、ネット社会的ならではの、新しい死生観が出現してもたしかに不自然ではないだろう。
それだけに、舞台で語られる「死んだ奴から『臨終なう。』『納骨なう。』なんてメールが届いたら、怖くね?」という会話も、不気味さをもってリアルに響く。

舞台上にはジェットコースターの曲線を思わせる柱組と、鉄板のようなテーブル(?)しかなく、簡素な舞台を効果的に生かした演出が施される。細く曲がったテーブル上に窮屈そうに寝そべり、平均台よろしく歩く様は、ワタシたち自信が曖昧な生と死の境界線を危なかしく生きる姿を写し出しているかのようだ。

1時間40分という上演時間はけっして長いものではないが、恋人同士の回想場面や“狂言回し”の「たっくん」の存在など、やや冗長だったり不要に感じられるシーンもあり、もう少し刈り込んでもいいような気がした。

また、電子音に乗せて踊るダンス/群舞など、スタイリッシュな演出が光る一方で、セリフ/発声がいかにも70~80年代小劇場的なセンスにとどまっているのはあえて“狙い”なのだろうか?

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