【本】わたしを離さないで2011/02/04

わたしを離さないでわたしを離さないで
カズオ イシグロ

早川書房 2006-04-22
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1993年に公開されたジェームズ・アイヴォリー監督による『日の名残り』は、第二次世界大戦とイギリス貴族の没落を背景に、アンソニー・ホプキンス演じる執事と、女中頭エマ・トンプソンの秘めたる恋を綴った名作だが、この二人の名優による名演はもとより、そこに描かれたイギリス貴族社会の緻密な描写に唸らされたものだった。

そして、さらにワタシを驚かせたのが、その原作が日本生れの「日系人」の手によるものだったことだ。そしてその作家、カズオ・イシグロ(石黒一雄)氏は、世界的な名声を得たこの『日の名残り』による英ブッカー賞受賞以降も、勢力的に作家活動を行っている。

しかしながら、ワタシはそのイシグロ氏の作品に今まで接することなく、本作によって初めてその作品世界を知った。

「介護人」キャシーの回想によって物語は始まる。キャシーが育ったヘールシャルムという施設を舞台に、そこで暮らす子どもたちの日々が描かれるのだが…そこは外界から閉鎖された宿舎で、保護官による教育が粛々と行われている。

この謎めいたヘールシャルムという施設からまずワタシが想起したのは、先頃の“タイガーマスク運動”でクローズアップされた児童養護施設で、おそらく何らかの事情で親のない子たちが集められたイギリスならではの施設なのだろうと、当初はそう思いながら読み進めていった…。

それくらい、このヘールシャルムでの描写はどこか牧歌的で、ワタシなどは子どもの頃に読んだイギリスの寄宿舎を舞台にした小説をシアワセな気分で思い返していたのだ。

ところがこの物語は、100ページに迫ったあたりでその様相を一変し、読者をゴシック・ホラーの世界へと引きずり込む。そこからこの物語の景色はまるで違ったものに映りはじめ、『マトリックス』を彷彿させるSFめいたものから、さらにはグロテスクな物語としてワタシたちの前に立ち現れてくる…。

そこで綴られる日々の出来事は、『若草物語』のようにささいな驚きや笑い、悩ましさといった、思春期の子どもなら誰でも体験するようなものなのに、彼(彼女)らの逃れられない“未来”を知ってしまったワタシたちは、その意味を考えながら読み進めなけれぱならない。

もちろん彼(彼女)らの「正体」は一気に明かされるわけではない。
せつない“親探し”を経て、“提供”のことが語られ、やがて“提供者”と“介護人”となったキャシーたちは再会する。
愛するカップルならば“提供”が延長される--ヘールシャルムで長年にわたって信じられてきた“噂”に賭けて“提供者”となったトミーと共に、キャシーは“マダム”を訪ねていくのだが…。

最後の数ページになって、ようやくヘールシャルムの全貌が明らかにれるわけだが、この異様な物語を読まされた後も、ワタシはなぜか子どもの頃に読みふけった世界名作文学全集の、あの懐かしい至福に包まれた物語世界の手触りが感じられたままだった。
まるで、キャシーやトミーらと、あのヘールシャルムでの体験を共有し 、特異な人生を共に旅してきたような…徒労とともに達成感に満ちた不思議な読了感。

英米文学研究者の柴田元幸氏が「解説」で、本書を「現時点でのイシグロの最高傑作」としているのも、そうした「作家が想像力のなかにとことん沈潜したその徹底ぶり」とともに、ワタシが感じた「普遍性」を併せたもった作品だからなのだと思う。

『わたしを離さないで』の参考レビュー一覧(*タイトル文責は森口)
「『複製』の概念が『命』の本質を押しつぶそうとする戦慄の小説」--asahi.com(小池昌代氏)
「人間の強烈なエゴイズムと諦念」--パリ国際学校・石村清則の書評ブログ
「構造的に叙述トリックの様相を呈した作品」--HOME SWEET HOME
「思わせぶり、ほのめかしの、サスペンス小説」--心に青雲
「『わたしを離さないで』は重い思い出になる」
--わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる
「生きようと思う、希望は空想できるから…」--基本読書
「現代の若者の『生きる力』のなさとかぶる不思議な小説」--司書教諭・茉莉の気紛れ書き

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