【TV】迷子2011/02/20

NHKドラマ『迷子』
「五反田団」による『迷子になるわ』では、見事にワタシも“迷子”にさせられてしまったのだが、同劇団を主宰する前田司郎氏脚本によるNHKドラマ『迷子』を観た(2月19日)。

2009年2月に放映された同氏脚本による『お買い物』(ワタシは未見・3月24日にBShiで再放送)が好評だったということで、中島由貴氏(演出)と再びコンビを組んでのドラマだという。

“迷子”になって路上に座り込む中国人とおぼしき老女(ユン・ユーチュン)を、ひょんなことから3人組の高校生たち(太賀・永嶋柊吾・山田健太)が手助けしようとする。さらに警官から逃げまどう老女に、若い男女(忍成修吾・中村映里子)や女子高生(南沢奈央)、ホームレス(逢坂じゅん)らも関わり、彼女を巡ってさまざまな人びとの思いや行動が錯綜する…。

しかし、物語の導入はあまり魅力的とはいえない。
老女と高校生たちの“出会い”もとってつけたようだし、手持ちカメラの演出もどこかつくりものっぽい。朝日新聞「試写室」では「不安定な心情を表すのに効果的」(岩本哲生氏)と評していた「歯切れの悪いふわふわとした会話」も、今ドキの若者におもねるようで、聞いていてどこか居心地が悪い。

しかし、彼女の“正体”がおぼろげながら明かされ始めると、このドラマは俄然様相を変えはじめる。そう、このドラマは外国人を主人公としたドラマでもなければ、日本人との心あたたまる交流物語でもない。むしろ、彼女は脇役。ブレヒトのいう「異化効果」として置かれたプレーヤーなのだ。

本当の主役はここに登場する若者たちだ。
若者たちのヒリヒリとした日常が、この異人との関わりを通して透けて見える。“迷子”とは一体誰のことなのか? むしろ“確信”をもって生きているのは、迷子になったおばあさんの方なのではないか。そんな痛くて哀しい、そして愛おしい物語なのだ。

ここに登場する若者たちは、みな驚くほど心優しい。真の主役は、その“優しさ”と言いかえてもいい。多くの大人が過ぎ去るなかで老婆に声をかけただけでなく、その後も迷子になった彼女を探し続ける高校生たち。そんな彼らは、互いの家庭の事情を察して気をつかいあい、交わす言葉さえも選ぶ。
貧しい家庭をバイトで支える女子高生は、弟に悪態をつきながらも「できれば大学まで行かせてあげたい…」とつぶやく。ホームレスの「斎藤さん」もまた、自分が一緒だと店に入れないだろうと気づかい、ウソの演技でその場を立ち去る…。

先に挙げた「歯切れの悪いふわふわとした会話」はそうした“優しさ”を照れ隠す彼等の流儀でもあるのだ。

“おばあさん”が去った部屋で、穏やかな表情で異母兄弟の弟と戯れる少年。セリフがないだけに、そのシーンは静かに胸をうつ…。

あえて、場面転換の限られた芝居のように、多く語らない(写さない)脚本にしたのだろうか。
セリフによる説明だけでなく、ほかの登場人物たちの「家庭」を一瞬でも写しだせば、さらにドラマの深みは違ったものになったかもしれない。
しかし、それをあえて封印したことが、このコンビによる矜恃なのかもしれないのだが…。
(3月27日16:45~19:58NHK hiで再放送)

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