【本】日本SF精神史―幕末・明治から戦後まで2011/02/18

日本SF精神史----幕末・明治から戦後まで (河出ブックス)日本SF精神史----幕末・明治から戦後まで (河出ブックス)
長山 靖生

河出書房新社 2009-12-11
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本書によって、日本のSF史をたどる一本の筋道が出来た。そんな快挙ともいえる労作だ。

本書で「決定的な本」として紹介される小松左京氏の『日本沈没』が刊行されたのが1973年。1962年生れの著者が11歳の時だ。ワタシも映画版『日本沈没』でそのサイエティスティックなストーリーと国際社会をも巻き込んだダイナミックな展開に、子どもながらに興奮させられたことを今でも鮮明に思い出す。

同世代ともいえる著者も、やはり『日本沈没』に感応した一人なのだろう。この『日本沈没』に対する「誤読」や「的外れの批判」が、本書を著す動機となったことは想像に難くない。

その論拠として、当時の少なからぬ識者が「『日本(風土)賛美』ゆえに、当時、『日本沈没』を保守的で復古的な思想で書かれたものと見做した」ことに対して、「実はこの[出版の]前年、田中角栄は『日本列島改造論』を発表し、開発という名の風土破壊が本格化しつつあった」ことを挙げて反論し、こう続ける。
「興味深いのは、この時期、伝統的な文化体系に属しながらも、革新的な思想の持ち主だと自負していた進歩的文化人の多くが、往々にしてSFやサブカルチャーが持つ批判精神を読み落としていた」
「彼らは、自分たちの主張や思想とも相通じる内容を持っている対象を、その表現手法への偏見から誤認し、否定した」
その「憎悪」に対する、著者の「憎悪」が本書を書かせ、今に至るカルチュラル・スタディーズの興隆も似たような出自をたどっているのではあるまいか。

それはともかく、著者のSFに対する執拗とも偏愛ともつかぬ探究・研究心は、本書で見事に開花している。ワタシにとっては、知らないことだらけ、目からウロコだらだ。

なにしろ安政4年(1857年)に儒学者の巌垣洲}によって書かれた『西征快心編』を「日本最初のSF」と位置づけ、100年余りのその歴史を辿っていくという壮大な旅なのだ。
この『西征~』からして、日本をモデルにした架空の島国の副将軍が武士を集い、アジア侵略を進めるイギリスを成敗すべく、「黒船」に乗ってイギリスに攻め入るという奇想天外な物語。このような大シュミレーション小説が、末期とはいえ江戸時代に書かれていたことにまずは驚かされる。

さらに明治時代に書かれた政治小説に「実に多くのSFがあった」として、50点余りの作品が並べられているのだが、これらの諸作を読破していることだけでも著者の博覧強記ぶりがわかるというもの…。

ほかにも「偽史のパロディとしてのシュミレーション小説」の論考をはじめ、あの伊藤博文が憲法制定準備のためにドイツのシュタインに学んだ際、「天皇を頂点(脳神経)、内閣を心臓とし、各省庁を手足の如く配した」“人体的政治構造図”を作成して「中央集権的行政システムを、人体システムに沿って構想・理解」していたことや、社会運動家の賀川豊彦が格差社会を警告する『空中征服』(1922年)なる未来小説を書いていたことなど、驚くことばかり。

明治末期には「はっきりとアメリカを次の仮想敵国とした小説が増え」たり、第二次世界大戦戦時下では「当時の日本では、日本軍が密かに新兵器『原子爆弾』を開発しているという噂が流れ」、実際に原爆を描いた小説(もちろん日本への投下前!)が書かれるなど、SF世界にも現実の世相が反映されていく。

それにしても本書に掲載された「人造人間の秘密」(1941年)の挿絵(イラスト)の、なんとレトロフューチャーでポップこと!(…お見せできないのが残念)

そんな例は限りなく枚挙のいとまがないのだが、それは著者とて同じだったように、「限られた枚数のなかで、幕末から日本SFの定着まで長い期間について取り上げたが、SFファンにはあまり知られていない明治期の作品や議論の紹介に比重を置いたために、それ以降、現代に近づくにつれて駆け足とならざるをえなかった」と「あとがき」で告白している。いや、「駆け足」どころかほとんど論じられていないといっていい。

まさに、日本SFが「これだけ豊か」になったのに肩すかしを食らった感もあるのだが、「日本SF百五十年の作品・作者の総体を、紀伝体の歴史を編集」する『大日本史』を書くと著者も宣言しているので、「お楽しみはこれからだ!」ということにしておきたい。

とにかく冒頭に記したように本書によって、筋道はついた。
さらに、豊穣なるSF近現代史への旅を期待したい。

『日本SF精神史』の参考レビュー一覧*タイトル文責は森口)(
「『日本SF史』ではなく『精神』がそこに挟まっている書」--bookjapan(岡崎武志氏)
「著者の作家たちへの信頼の篤さ、好意の視線」--わなびざうるす
「未来を表現する人々の格闘描く」--asahi.com(瀬名秀明氏)
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