【本】円朝芝居噺 夫婦幽霊 ― 2010/10/18
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近代落語の祖・三遊亭圓朝については以前『小説 圓朝』
『芝浜』や『文七元結』などさまざまな新作落語を創作した圓朝だが、それらを速記にて記録し公開することで、二葉亭四迷に影響を与えて明治以降の日本語の文体を決定づけ、さらに日本留学中の魯迅をして言文一致体した中国語を綴らせることで、今に続く中国語の文体を決定づけたというのだから驚きだ。
さらに、あの名作『死神』が海外文学作品の翻案だったというのも、今回圓朝のことを調べて、初めて知った。。つまりこの口演の速記・翻訳というのが本書の重要な裏テーマになっているだ。
その圓朝の幻の芝居噺『夫婦幽霊』の速記本を作家・辻原登が、ひょんなことから手したことから、この物語は始まるのだが、その速記が田鎖式という旧い手法でなかなか解読が進まない…。
というこの前書き的なエピローグからして、衒学的な意匠が凝らされ、どこまでが史実なのか、真実なのか、作家・辻原は本人なのかメタファーなのか、すでに謎めいた展開で読者を引き込む。
すると、突如として本書は解読された芝居噺が、圓朝の口演として“物語内物語”として語られ始める。それがめっぽう面白い。辻原氏はこれが書きたくて、本書のアイデアを練ったのではないかと思えるほど、語る、語る。四千両の盗み金をめぐって三組の夫婦の欲と業と謎がからみ、そこに江戸風物、情と色香、安政大地震の阿鼻叫喚が描かれ、そこはすでに圓朝が憑依した如き辻原ワールド。ワタシの頭の中をまるで(聞いたこともない)圓朝の名口調が、心地よく響く。
さて、口演噺が一件落着すると、物語はさらに驚愕の迷宮へとつき進む。じつはこの速記本は、圓朝の息子とある大作家による共作だった…と作家・辻原が結論づけるのだ。件の衒学、博覧強記、そして作家に許された特権ともいうべき妄想力で、読者をその後の物語世界へと連れ出される…。そこでワタシたちは、作家の小部屋でかわされる息子との秘密めいたやりとりを盗み見る。
じつはワタシは、本書を読みながら何度もネット検索に手が伸びそうになった。どこまで史実に沿った話なのか、登場人物は実在か架空か? …しかし、そうした誘惑を断ち切って最後まで本書を読みきった。それをしなかったのは、作者に翻弄され、圓朝に案内されて、あの時代へと時空を彷徨った時間が愛おしいかったからこそ。
そう、落語が聴き手(客)の想像力がなければ成立しない芸能であるように、小説(本)もまた読み手(読者)の想像力がなければ成立しない文化といえる。その読者の想像(妄想)力を“落語並み”に働かせてこそ、その面白みが伝ってくるのが、本書なのだ。
そうした意味で本書は、圓朝落語によって産み落とされた現代語小説サイドから、父・落語文化への、一つの回答(リスペクト)なのかもしれれない。
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