【本】俺俺 ― 2010/10/03
![]() | 俺俺 星野 智幸 新潮社 2010-06 売り上げランキング : 13079 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
ほんの偶然で他人の携帯を盗んでしまった「俺」。その携帯の着信元である「母」に電話し、息子になりすまして金を振り込ませた「俺」。ここまでのお話だったら、オレオレ詐欺に着想を得たトレンド小説で終わってしまう。ところが、その「母」が訪ねてきて、「俺」を息子だと言う…。このあたりから本作は、軌道を逸した物語が展開し始める。仕方なく、戸惑いながらも半分面白がりながら息子を演じる「俺」。
ところが、混乱のまま実家に帰ってみるとそこにもう一人の「俺」がいた!さらにそこにもう一人「俺」が現れて…と、この物語はにわかに不条理小説の様相を帯びてくる。ワタシはこのあたりで松浦理英子氏の一連の著書を思い起こしてしまった。そして、増殖を続ける「俺」たち…。
「俺」のアイデンティティーも記憶も混濁し、どの「俺」が「俺」なのか、いや、すべての「俺」が「俺」なのだから、すべての「俺」は同期しているはず…と読者も迷宮へと放り出される。次第にワタシの頭の中をYMOの『増殖』
つまり本作は、まわりの様子を見回し、ただ周囲に同調する「鰯の群れ」のような「俺」たちへの痛烈な批判の書なのだ。物語はさらに進化し、「俺」は何度も再生を繰り返しながら、最後はピカレスクロマンのごとく、荒涼たる世界へと読者を連れていく。「俺」再生のかすかな希望と力強いメッセージを残して…。
「あの悪夢みたいな俺俺時代を覚えていてほしい」と、作者は「俺」に語らせる。「これは他人事じゃない。おまえたちが忘れたとたん、おまえたちもまた俺俺になっちまう。俺俺は、おまえたちが現在を見ないようにして忘れちまうことを、こっそり待っている。だから、頼む、覚えておいてくれ。そして自分たちが誰だか、忘れないでくれ」…。
現代の携帯端末を通じた危うい関係性と派遣労働社会を撃ちつつ、アイデンティティーと他者との繋がりという普遍性をもったテーマを追及した力作。小説でしかなし得ない世界がここにある。
↓応援クリックにご協力をお願いします。



コメント
トラックバック
このエントリのトラックバックURL: http://yui-planning.asablo.jp/blog/2010/10/03/5382114/tb
※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。
コメントをどうぞ
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。
※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。