【映画】荷車の歌2010/12/30

『荷車の歌』
『荷車の歌』(1959年・監督:山本薩夫)

山本薩夫監督の名作群から、その代表作を以下に挙げてみる。

組織暴力に抵抗する人びとを描いた『暴力の街』(1950年)、戦争の残酷さを告発した『真空地帯』(1952年)、医学会にメスを入れた『白い巨塔』(1966年)、壮大なドラマとなった『戦争と人間(1970~73年)、金融界の内幕を暴いた『華麗なる一族』(1974年)、構造汚職に切り込んだ『金環蝕』(1975年)、政財界の内幕を描く『不毛地帯』(1976年)…。

どうだろう、その骨太な作風が目に浮かんでくるのではないだろうか。
その山本監督の作風が遺憾なく発揮されているのが本作だ。
冒頭からしてイタリアのネオ・リアリズム運動の影響を受けた、役者の汗が飛び散るかのような迫真の映像で、この物語を繙(ひもとき)始める。

時は明治時代。広島県の山村の娘セキ(望月優子)は、郵便配達夫の茂市(三國連太郎)と夫婦(めおと)となるが、すぐに「荷車引き」となって夫と茂市の老いた母(岸輝子)を支える。やがて2男、2女に恵まれるが、姑の“いびり”や夫の浮気に苦しめられ、さらに戦争や時代の流れに翻弄され続ける…。

全国の農村婦人のカンパによって制作されたというのもさもありなん。姑との関係をはじめ、これでもかというくらいに農家の嫁の苦難が“リアル”に描かれる。全国で上映運動されたというが、おそらく同時代の農村女性に大きな共感を呼んだであろうことは想像に難くない。

少々意地の悪い母親を演(や)らせたらピカ一の望月は、ここでは徹底して耐え忍ぶ女を演じ、時に若き日のリノ・ヴァンチュラを彷彿させる三國は、ひたすら情けない男になり切って20~70代までを演じ切る。

もちろん本作を傑作としているのは、そうした物語やディテールの“リアル”さだけではない。背景に大きな自然をたたえたその画面に、明治・大正・昭和へと激流する時代に抗う、ちっぽけなその人間の存在を置くことで、“映画的なるもの”への深みを照らし出す。

なんといってもラストの映像が素晴らしい。
孫たちに囲まれ、人生の終盤となってようやく安寧を手にいれたセキ。 そこへ、(ネタバレになるが)戦争で死んだはずの息子が帰還する。…息子に駆け寄るセキ。
それを山本監督とはなんと“引き”で撮ってみせた。
そこに、セキの表情は写らない。しかし、田舎道で結ばれる母子の姿をとらえたロングショットからは、セキの歓喜がみるみると溢れだしていく…。

これこそが、フィルム撮影によるスクリーン上映を前提とする作品=映画における“マジック”だとワタシは思うのだ。

◆『荷車の歌』の参照レビュー一覧
芸の不思議、人の不思議
Augustrait
アスカ・スタジオ
字幕翻訳者の戯言

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