【本】武士の家計簿2010/10/28

武士の家計簿 ―「加賀藩御算用者」の幕末維新 (新潮新書)武士の家計簿 ―「加賀藩御算用者」の幕末維新 (新潮新書)
磯田 道史

新潮社 2003-04-10
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というわけで本書を原作とする映画を観てから読んだのだが…、いやぁ、面白かった。

二つの“奇跡”が重なった。
一つは「はしがき」にあるように、「金沢藩士猪山家文書」に約37年間にわたる詳細な「武士の家計簿」が記載されていたこと。しかもそれを付けていたのが、金沢藩の経理担当ともいうべき「御算用者」という“会計のプロ”によるものだったから、これがまず第一級の資料だった。
そして二つ目に、この資料が「長年、武士の家計簿を探していた」若き歴史学者の「筆者」の手に「偶然」渡ったこと。

この筆者との出会いが大きかった。
このタイム・カプセルの解読に成功した筆者によって、ワタシたちはおよそ160年の時を超えて猪山家の奥間に案内される。そして、一家がまさに眼前に顕れ、財布から小判を出し入れする様子まで、その日々の暮らしぶりが活き活きと描かれるのだ。
その内容も、「御算用者」という知られざるソロバン武士の仕事ぶりや、借金苦、親戚づきあい、リストラ、地下下落、教育問題まで今までのワタシたちの武士像を覆すような、瞠目に値する記述が次々と語られる。

そのうえこの筆者には、猪山家に起こったさまざまなドラマを「家計簿」からあぶり出す“探偵術”、さらに“語り部”としての力量も備わっている。
例えば、映画化の際の主要なテーマとなった猪山家の経済困窮と、破綻を防ぐための借金返済の手段や緊縮財政策などは、本当に手にとるような見事な描写だ。
そして、いわゆる専門家にありがちな難解な表現は使わず、あくまでも平易な表現を貫く。「御算用者」としてその異能ぶりを発揮した猪山直之を、「直之は加賀藩主の生きた演算装置、兼プリンターのような存在であった」とキャッチーな表現で評すなど、じつに柔らか。

そう、これは“奇跡”ではなく、猪山家の人びとが後世にその暮らしぶりを伝えるべく、この筆者を案内人として呼び寄せたとしか言いようがないような、それほど見事な“時空を超えたコラボ”なのだ。

ちなみに、筆者によれば「江戸時代は『圧倒的な勝ち組』を作らないような社会であった」という。「武士は威張っているけれど、しばしば自分の召使より金を持っていない」ことなど、猪山家の内情を見てもわかる。
いわゆる“士農工商”と言われるような強固なヒエラルキーはなく、「権力・威信・経済力などが一手に握られていない」社会で、そうした「地位非一貫性が江戸時代の社会を安定させていた面こそ注目したい」と記しているが、その点は江戸時代を“前近代”として富国強兵に盲進した明治政府を批判する網野善彦史観に通じるものがあるのでは?

その経理の技量を買われて明治政府の海軍省出納課長となった直之の子・成之をはじめ、孫・親族までが明治政府の海軍入りしているが、「成之の晩年は痛ましいもの」だったという。
筆者は最後にこう記している。
「明治国家の海軍は、猪山家に大きな恩恵をもたらしたが、代償もまた大きかった。猪山家は海軍によって興り、海軍によって苦しめられた」と…。


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