【映画】ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~2011/05/21

『ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~』
『ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~』(2009年・監督:根岸吉太郎)

根岸吉太郎監督というと、けっして派手な作風ではないのが、独特のヒリヒリ感の中でじっとり温かみのある人間性を描く“名匠”というイメージがある。

本作も、『遠雷』(1981)、『ひとひらの雪』(1985)、『ウホッホ探険隊』(1986)、『雪に願うこと』(2005)に連なる、そうしたイタくセツナイけど温(ぬく)もりの感じられる家族劇の名作として数えられるだろう。

「ヴィヨンの妻」といえば、はるか大昔に東芝日曜劇場で十朱幸代が演じていたことが思い返される(記憶違い?)が、本作でも冒頭に描かれる夫が酒代を踏み倒した上に金を盗んだことで居酒屋の夫妻に怒鳴り込まれる場面で、いつの間にか悲劇が喜劇に転じてしまうコミカルなやりとりを見事に演じていた。

そんな、どん底の生活の中にいながらもダメ夫に寄り添い、朗らかに、ときにたくましく生きていく妻・佐知を、本作では松たか子がやはり“可笑しみ”を滲ませながら演じる。

小説家である夫・大谷(浅野忠信)の借金返済のために、夫妻の居酒屋で働きはじめる佐知。たちまち人気者になるのだが、当初は大谷・佐知と居酒屋という二組の夫婦を対比とした“夫婦愛”の物語と思いきや、大谷には広末涼子が妖艶さを振りまきながら演じる愛人が、また佐知には彼女を慕う若い男(妻夫木聡)が現れる。
じつは居酒屋の妻と大谷もかつては関係があったらしく、さらに佐知は今は弁護士となったかつての恋人(堤真一)に夫の弁護を依頼するなど、物語は次第に“ヒリヒリ感”を増しながら悲喜劇へと様相を転じていく。

この5組の男女の複雑な機微が本作のキモであり、それをベタにならずに説得力を以て描いたところに、根岸監督の真骨頂がある。
佐知が弁護士の事務所を訪ねるとき、大枚をはたいて街娼から口紅を買い求めグイと紅を引くシーンなど、“絵”だけでその決意を語らせるなどじつに巧い。

種田陽平美術監督による渾身の終戦期の再現だが、単なる懐古ではなく佐知のエネルギシュな生き方を体現するようなイキイキとした美術(衣装・調度品)がまた、作品の“リアル”を与えている。

『ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~』の参考レビュー一覧(*タイトル文責は森口)
「身勝手な男の破滅物語ではなく、しなやかな女性の自立物語に」--映画.com(垣井道弘氏)
「やるせなくてしたたか、そしてどこかこっけいな、大人の恋愛映画」--映画ジャッジ!(渡まち子氏)
「手堅く作られているが、原作の諧謔はない」--粉川哲夫のシネマノート
「身勝手な作家と、彼の破天荒な生き方にじっと耐える妻の対比が鮮やか」--映画ジャッジ!(福本次郎氏)
「太宰ワールド入門編としてもすんなり入れる映画版」--映画ジャッジ!(前田有一氏)

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