【本】サランヘヨ 北の祖国よ ― 2011/07/24
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ミステリー作家だった森村氏が、731部隊を告発した『悪魔の飽食』では一転してノンフィクションに取り組んだわけだが、同様に本書でも歴史に封印された事件に光を当てながらも、森村氏本来のミステリー・エンターテインの形をとっているのがミソ。いわば“啓蒙ミステリー”というべきか。
森村氏が取り上げたのは、老斤里(ノグンリ)事件。朝鮮戦争中の1950年7月に起きたアメリカ軍による韓国民間人の虐殺事件だが、じつはワタシも本書を読むまでこの事件のことは知らなかった。
じつにお恥ずかしいかぎりだが、森村氏は(ワタシも知らなかったような)この老斤里(ノグンリ)事件を世間に知らしめたいがために、本書を書き下ろしたと思しきふしがある。
というのも本来はこ、のノグンリが事件解決あるいはミステリーの妙味として重要な役割を果たすべきだと思うのだが、それがほとんど生かされていないのだ。
ノグンリは、主な登場実物が出会う場として設定され、その悲劇の歴史が読者に開陳されるのだが、はっきり言って出会いの場がノグンリでなくてもよかったはず。その必然性が感じられない。
何者かに殺された妻が行きたがっていた韓国を旅した主人公は、ノグンリで4人の仲間(日本人)たちと出会い、やがて彼(彼女ら)の協力で、妻の死に迫っていくのだが、そこで第2の殺人が起こる…。
というのが物語の導入なのだが、その荒っぽいストーリー展開や杜撰な構成はこのノグンリの扱いどころではなく、ワタシは唖然とするばかり。
例えば、大学教授が殺された現場に、たまたたま教授から呼び出された女性が訪れて死体を発見してしまうという安っぽい展開はご愛嬌としても、現場から逃げ去った助手に対して警察はなぜもっと執拗に追及しないのか?
あるいは、主人公の親友という私立探偵が突如として現れるのもあまりにもだが、捜査機関の関係者がこの私立探偵を指して「警察内部でも信頼されている…」なんて言うことありえないでしょ!?
ほかにもミステリー作品としては目にあまる場面や展開が多々散見するが、それに加えて人物造形があまりに薄っぺらで、どうしちゃったの森村センセイ? というのが正直な感想。
森村氏が活躍した70~80年代のミステリー作品のレベルから比べものにならないくらい現在のミステリー作品の質は高いし、読者の目も肥えている。「昔の名前で出ています」では、とうてい通用しないだろう。
意欲は買うが、“啓蒙”したいのならもっと読みごたえのある、深みある作品を提示してほしい。
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