【写真】竹内敏恭写真展「石巻2002-2010」 ― 2011/04/14
廃屋となった造船所、昭和にタイムスリップしたようなストリップ劇場の看板、うらびれたポルノ映画館の前を通り過ぎる女子高生…。モノクロに焼かれた35枚の写真たち。
タイトルを付ければ「石巻残照」といったところか。
おそらく撮影者である竹内敏恭氏もそのような思いで、このひなびた港街を愛し、斜陽となった造船の街を歩き、その寂しげながら風情ある街の姿をフィルムに焼き付けてきたのではあるまいか。
写真展「石巻2002-2010」(コニカミノルタプラザ)は、そうした写真展になるはずであった…。そう、なるはずであった、のだ。
ところが今、この写真たちはまったく違う視点で視られている。写真の意味が、3月11日以前とそれ以降では、まったく違うものになってしまったからだ。
この愛おしい景色たちの多くを、ワタシたちはもう、視ることができない…。
食い入るように写真を見つめていたギャラリーの一人が呻くようにつぶやく。
「どれも今となっては貴重な写真だ…」。
自然の猛威が、文化・芸術の意味をかくも変えてしまう、その希有な例としてこの写真たちは存在する。人びとの暮らしのなかで、生きていくなかで、改めて写真、そして芸術の意味を考えざるをえないワタシたちがいる。
本展での説明文によって、ワタシは初めて元は廻船問屋だったという陶器店「観慶丸」が昭和初期に建てられた、宮城県内でも貴重な洋風建築であることを知った。
その雄姿はワタシたちの記憶と共に、フィルムに焼き付けられ、このモノクロのリアルな姿で後世に伝えられることになるだろう。
ワタシも彼の人同様「今となっては」というありていな常套句しか思い浮かばないが、やはりこれは「貴重な記録」と言うしかない(4月12日)。*写真展は、4月21日まで
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タイトルを付ければ「石巻残照」といったところか。
おそらく撮影者である竹内敏恭氏もそのような思いで、このひなびた港街を愛し、斜陽となった造船の街を歩き、その寂しげながら風情ある街の姿をフィルムに焼き付けてきたのではあるまいか。
写真展「石巻2002-2010」(コニカミノルタプラザ)は、そうした写真展になるはずであった…。そう、なるはずであった、のだ。
ところが今、この写真たちはまったく違う視点で視られている。写真の意味が、3月11日以前とそれ以降では、まったく違うものになってしまったからだ。
この愛おしい景色たちの多くを、ワタシたちはもう、視ることができない…。
食い入るように写真を見つめていたギャラリーの一人が呻くようにつぶやく。
「どれも今となっては貴重な写真だ…」。
自然の猛威が、文化・芸術の意味をかくも変えてしまう、その希有な例としてこの写真たちは存在する。人びとの暮らしのなかで、生きていくなかで、改めて写真、そして芸術の意味を考えざるをえないワタシたちがいる。
本展での説明文によって、ワタシは初めて元は廻船問屋だったという陶器店「観慶丸」が昭和初期に建てられた、宮城県内でも貴重な洋風建築であることを知った。
その雄姿はワタシたちの記憶と共に、フィルムに焼き付けられ、このモノクロのリアルな姿で後世に伝えられることになるだろう。
ワタシも彼の人同様「今となっては」というありていな常套句しか思い浮かばないが、やはりこれは「貴重な記録」と言うしかない(4月12日)。*写真展は、4月21日まで
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