【アート】「日本画」の前衛 1938-19492011/01/26

「『日本画』の前衛 1938-1949」
まさに表題どおり。「日本画」の「前衛」に光を当てるという、意表をついたユニークな企画展「『日本画』の前衛 1938-1949」に足を運ぶ(1月25日・東京国立近代美術館)。

その「前衛」が花開いたのが、戦争を挟んでの「1938-1949」というのがまた興味深く、展示冒頭の説明文にもそれが触れられている。

いわく、本企画展の中心ともいえる山岡良文や山崎隆らが参加していた「歴程美術協会」結成(1938年)において、「何よりも見逃せない事実は、『歴程』結成の4月に国家総動員法や灯火管制規則が公布され、美術界でも同年6月に大日本陸軍従軍画家協会が結成されるなど、日本全体が緊迫した雰囲気に包まれ、まさに開戦前夜の非常時であったことだ」とその時代背景を説明したうえで、「そのこうした時代に、果敢にも新たな『日本画』表現を求め、志を同じくする若い画家たちが集まったことこそ見逃してはならない」と指摘する。

まさにワタシもこの点に瞠目するのであるが、同時に、今までこの「前衛」の全貌が検証されずにきたのは、まさにこの戦時化の混乱による作品や記録の散逸や、観る者を試すかのように迫る「戦争画」の数々が、その要因であったのではないかと想像してしまう。

いずれにせよ画期的な企画展であることは間違いなく、解説文ひとつをとっても企画者(京都国立近代美術館・山野英嗣学芸課長)の並々ならぬ熱意を感じる。

展示は「日本画の前衛の第1号」とされる山岡良文の「シュパンヌンク」(38年)で始まり、絵画を中心に86点が展示される。その一つひとつを解説する知識も表現も持ちあわせていないワタシだが、なにより「日本画」を実感させられるのは、巨大な屏風に描かれた作品群だ。

屏風8枚にわたって描かれた絵巻物のような前衛絵画では、まさに「和」と「洋」が拮抗・溶解したシュールな世界が展開される。
例えば、「神話」(1940年)と題された山崎隆の作品は「オリンポスの神殿」に首のない彫刻、天空に浮かぶ惑星…とまるでダリのような世界だが、どこかダークで「死」をイメージさせる。戦争に向かう漆黒の時代が、この作家をそうさせたのか…。

ところが、同氏が戦後に描いた作品はどこか明るい。
1946年に描かれた「ダイアナの森」では、“鹿”の走る夜の森は生命の躍動を感じさせ、木の切り株は真紅に燃える。水面を照らす月の灯が、ほんのりと“希望”を感じさせる。
さらに、1949年の「森」に至っては大胆な赤が施された木々が生命力に溢れ、まるで『アリスインワンダーランド』を思わせるかのような絵本のような世界。朝日によって明るく照らしだされた森は、生命感に溢れている。

ほかにも、屏風いっばいに点描された花々が抽象画を思わせる船田正樹「花の夕」をはじめ、柔かい線を活かした洒脱な田口荘やモダンな長谷川三郎の諸作。さらに、キュービズムに影響されたまるで「洋画」のような作品や、肉感溢れる「戦争画」など、さまざまな表現の冒険に目を見張るが、最後に『原爆の図』で知られる丸木位里氏にも触れておこう。

丸木氏といえば、水墨画を基調に幾重にも色を塗り込んだダークな作風が知られているが、ここでもそうした技法にあやどられた作品がいつも並ぶ。
ワタシ自身は『原爆の図』で感じた、そうしたおどろおどろしさが今ひとつ苦手だったが、今回展示された「雨乞」では、霊幻な闇の向こう側にほのかな息づかいが感じられ、深遠な作品として深く胸に迫ってきた。

近年美術界では、こうした大きな意図をもって、時代や作家、活動にせまる企画展が盛んなようなだが、アートに新たな光を与える試みとして今後も期待したい。

「『日本画』の前衛」の参考レビュー一覧(*タイトル文責は森口)
「光をあてられることの少なかった、果敢な活動を検証」--asahi.com(西田健作氏)
「『日本画』前衛画家たちの活動を見直す意欲的な試み」--毎日jp(高階秀爾氏)
「《戦地の印象》シリーズの大画面の迫力に驚く」--闘いの後の風景
「『美術作品』として独立した強さに溢れる作品が並ぶ」--尾生之信

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