【映画】女が階段を上る時2010/12/06

『女が階段を上る時』
世界的に知られる日本映画の名匠(故人に限って)といえば、まず黒澤明、小津安二郎、溝口健二の名が並び、その次に位置づけられるのが成瀬巳喜男あたりかと思うが、ワタシが最も惹かれるのはじつは成瀬作品だ。
その理由は、すでに多くから指摘されているように、女性(女優)の“強さ”を見事に引き出し、それを力強くスクリーンに映し出しただことで、そこが同じく女性を撮るに長けた小津監督との差異かと思う。

ワタシが生れた年(1960)に撮られた『女が階段を上る時』もまた、女性(女優)の“強さ”と“美しさ”を十分に引き出した作品といえよう。
銀座のパーで雇われママをする高峰秀子を軸に、華やかな銀座の社交界の裏側を悲喜こもごもに描いた秀作だが、そのスキのない脚本と高峰の見事な演技、それらを美しい“写真”として切り取った成瀬監督の手練が素晴らしい。

冒頭の、バーの控室でのホステスたちの談笑シーンからして、“女たち”が置かれたままならぬ状況を端的に説明する。売上と“身持ち”の間で揺れるヒロインにさまざまな試練が押し寄せ、一方で、次々に現れるイイ男たちは観客の期待を裏切って、ヒロインをなかなか“幸せ”にしない。
“幸せ”がその手からするするとすべり落ちるたびに、さまざまな感情を見事に体現するデコ。さらに、何度となく繰り返される「階段を上る」シーンでの“足どり”によって、見事にヒロインの心情を演じて魅せる。
その、まるで違う冒頭とラストの足どりの違いよって、この物語のテーマである女性の“強さ”“したたかさ”がくっきりと姿を現すのだ。

ワタシは、本作のラストショットが忘れられない。
その映画的美学に支えられた見事な引きのショットによって、ヒロインの晴々とした“決意”を撮らえる。これこそ「映画」なのだと思う。

そこにワタシは、アップを多用する「テレビドラマ」では表現しきれない、映画的カタルシスを感じるのだ。

最後になったが、仲代達矢、加東大介、中村鴈治郎、森雅之、小沢栄太郎、淡路恵子、団令子といったアクの強い脇役陣の演技もまた、本作に貢献している。

◆『女が階段を上る時』の参照レビュー一覧
日々是映画(ヒビコレエイガ)
銀の森のゴブリン
映画と暮らす、日々に暮らす。
100% CINEMATIC JUICE
みにいの欲張りな日々。
LE CERCLE ROUGE BLOG

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