【映画】瞳の奥の秘密2010/11/23

『瞳の奥の秘密』
『瞳の奥の秘密』(2009年・監督:ファン・ホゼ・カンパネッラ)

本年度のアカデミー外国語映画賞に輝いたアルゼンチン映画だが、同国の映画というと…『タンゴ』(1998年)はブエノスアイレスが舞台だったが、監督はスペイン人のカルロス・サウラであったし…と、ちょっと鑑賞の記憶がない。
なので、この監督についてもまったく無知であったのだが、米アカデミーが本作を賞に認めたことに、ワタシはまったく異論を挟まない。

舞台となるのは、かの国の二つの時空。裁判所を定年退職したエスポシト(リカルド・ダリン)が、その“事件”をテーマに小説を着手する“今”と、事件が起きた25年前。
封印されてきた事件の深層を剥がすかの如き“小説”を起点として、ゆっくりと25年前の事件へと誘(いざな)われるエスポシトと、彼が秘めたる思いを寄せていた上司・ヘイスティングス(ソレダ・ビジャミル)…そしてワタシたちもまた。
その25年を隔てた時空を、主たる登場人物たちが行き来する。

やがて事件の仔細が明らかにされ、また若きエスポシトがその真相を執拗に追う“理由”も、ワタシたちは知らされることになる。
ところが本作にはいくかの“断章”が横たわり、“章”をめくるたびに、その表情を変えてゆく。

大きなアクションもなく、カメラは固定され、じっくとりとこの物語は撮られていたのだが、“犯人”追走劇で、そのカメラワークは大胆に変貌する。巨大なサッカー場の空撮からそのままカメラは下降し、エスポシトの視点へと移り、手持ちカメラが群衆のなかを駆け回り、犯人のゆがんだ顔をアップでとらえる。
そして、カメラが大胆に動き始めたと同時に、この物語も大きく動き始める。終身刑であるはずの“犯人”が…というストーリーをなぞることは止めておこう。

ホラー、サスペンス、ミステリー、そして秘められた恋愛劇…物語は何度もその表情を変えながら、随所に驚きを隠し込んだまま転がってゆく。
その通奏低音には、茫漠たる人生の晩年をあえぐ、老年の痛切なる“生”がかぶさる。
そして、それら全ての要素を破綻なく包括し、欠落していたピースがすべて埋まったときに、この壮大なパズルは見事な再生劇へと昇華する。

もちろん、あの大群衆の中からどうしても“犯人”を発見できるか? いくら軍政迫る中とはいえあの“殺人犯”への厚遇はないだろう、とツッコミどころはある。しかし、それらの“欠点”を補って余りある作劇の素晴らしを味わうことができる。

本作によって世界に“発見”された二人の主役の演技も素晴らしい。そして、あの『また逢う日まで』のキスシーンを彷彿させるかのような、二人が車窓越しに手を合せるシーンもまた、美しくも哀しい…。
本年度ベストワン有力候補。

◆『瞳の奥の秘密』のお薦めレビュー一覧
どらく「銀の街から」(沢木耕太郎)
映画通信シネマッシモ
映画ジャッジ!(福本次郎)
ノラネコの呑んで観るシネマ
LOVE Cinemas 調布
映画.com(芝山幹郎)
映画的・絵画的・音楽的
こねたみっくす
セガール気分で逢いましょう
ヨーロッパ映画を観よう!
Life on Mars
詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)
映画雑記帳(思い出エッセイ)
映画中毒なワタシ(ときどき山、など)
ただ文句が言いたくて

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_ こねたみっくす - 2010/11/23 20:12

瞳の奥に秘められたのは愛が隠した正義という名の狂気か、それとも正義を貫けなかった後悔が隠した真実の愛なのか。
第82回アカデミー外国語映画賞に輝いたこのアルゼンチン映画。静かで上質な大人のサスペンスドラマが最後に辿り着く2つの秘密に、まるでビターコーヒーを....

_ 映画的・絵画的・音楽的 - 2010/11/23 21:33

本年度のアカデミー賞の最優秀外国語映画賞受賞作ということであればぜひ見てみたいと思い、『瞳の奥の秘密』を日比谷のTOHOシャンテに行ってみました。 (1)この映画では、裁判所の書記官のベンハミンと、彼の上司だった判事補イレーネとの時を隔てた愛の物語と、彼らが昔携わったことのある殺人事件の物語との二つが絡み合うように描かれています。 裁判所を定年退職したベンハミンは、時間的な余裕が出来たことから、25年前に取り扱った殺人事件を基に小説を書こうとし、そのことをやはり25年ぶりに再会したイレーネに告げます。 その事件とは、銀行員モラレスの23歳の妻が、1974年に、自宅で暴行を受けた上で殺害されたというもの。ベンハミンは、部下で友人のパブロと共に、捜査線上に浮かび上がってきた容疑者ゴメスを追い求め、紆余曲折はあるものの、遂にサッカー場で逮捕します。 ただ、25年後にこの事件を小説として取り上げるにあたり、当時犯人追及に異常な熱意を見せていた被害者の夫モラレスを探し出して会ったところ、意外な事実が分かります。その事実とは、……。 それらの経緯を踏まえて書き上げられた小説を、ベンハミンはイレーネに手渡します。 ベンハミンは、この事件の絡みで彼女とは別れてしまったのであり、その間に彼女は、検事に昇格しただけでなく、別の男と結婚し今や2児の母親。ですが、ベンハミンは、この25年もの間、変わらぬ愛を彼女に対して持ち続けていて、小説を書いたのもそういう自分と正面から向き合うためでした。 さあ、小説を手渡された彼女はどうするでしょうか、……。 アルゼンチンの映画はこれまで見たことはありませんが、この映画は、殺人事件そのものと、その捜査に関与した人たちの恋愛とか友情を、主人公が小説を書くという行為を軸にして、巧みに、かつ重厚に描いていて、深い感銘を見る者に与えます。 また、出演者は初めて見る俳優ばかりですが、実に魅力的です。主役のベンハミンを演じるリカルド・ダリンは、とても非エリートコースを歩む男には見えない知的で渋みのある風貌をしていますし、相手役のイレーネを演じるソレダ・ビジャミルの美貌は圧倒的です。さらに、ベンハミンの部下のパブロ役のギレルモ・フランチェラも、アル中ながら事件解決に大きく貢献するという難しい役柄を実に上手にこなしています。 アカデミー賞最優秀外国語映画賞を受賞

_ LOVE Cinemas 調布 - 2010/11/23 23:44

第82回アカデミー賞外国語映画賞を受賞したアルゼンチン映画。25年前の未解決事件をモチーフに小説に書き始めた主人公が、当時に置き忘れた事件の真相に迫ると同時に、とある女性への愛を思い出す。主演はリカルド・ダリン、共演にソレダ・ビジャミル。監督はフアン・ホセ・カンパネラ。意外な事実に直面するラストに驚かされる。

_ 映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子公式HP - 2010/11/23 23:48

El Secreto De Sus Ojos◆プチレビュー◆殺人事件が浮き彫りにするのは壮絶な愛と哀しみ。サスペンスとしてもドラマとしても一級の傑作。 【95点】 刑事裁判所を退職したベンハミンは、25年前の未解決事件を題材に小説を書き始める。1974年に起こった残忍な殺人事件は、政...

_ サーカスな日々 - 2011/03/28 19:44

長年勤めた刑事裁判所を退職した男が、25年前の未解決殺人事件をモチーフに小説を書き出すものの、過去の思い出に支配され苦悩するサスペンス・ドラマ。アルゼンチンを代表する名監督ファン・J・カンパネラが1970年代の祖国の姿を背景に、過去と現在を巧みに交差させ、一...